第23話 『鮮紅令嬢』が『鮮紅令嬢』たる所以 1
どうして、私は剣を持って、騎士や兵士たちが使う決闘場の真ん中に立っているのだろう。
本当なら今頃、図書館に行ってリュミエール王国では見られなかった本をいっぱい読むつもりだったのに。
「さ、アナタの実力を見せて、『鮮紅令嬢』ちゃん」
どうして、フリーギドゥムの騎士団長と呼ばれる謎の女装した男と戦うことになってしまったんだ。
今日と言うか、さっき初めて会ったばかりだよね?
そのはずなのに、なぜ、初対面で戦いを挑まれねばならないのか。
いや、それだけなら、まだよかった。
兵士たちと侍女や侍従、ましてや昨日言い争ったアンバロ様たち。
決して少なくない帝室に所属する者たちが、私たちの決闘の様子を固唾を飲んで見守る。
「嫌だって言っても引くつもりは無いのですね?」
うん。だってアタシ、ずっとキミと戦ってみたかったんだ♪」
まぁ、なんて清々しいほどの笑顔なのかしら。
私の気分は水底に沈んだように重いものだけど。
子供のような無邪気さを見ると、怒りよりも先に諦めがやってくる。
幼子がいたずらでやらかしちゃったときに見せるような笑顔だ。
そんなものを見せられたらヘタには怒れまい。
「はぁ、本当は図書館に行こうと思っていたのに!」
審判の者が旗を振り下ろしたのを目視しながら、こうなってしまった経緯を思い出す。
*
「どんな本と出会えるのか本当に楽しみね。確か、この国随一の蔵書数を誇るのよね」
「ええ、そうですよ。料理のレシピ本から、禁忌の魔法書まで何でもそろっております。中にはフリーギドゥムでしか流通していない本も見られますよ」
今日はまだ、帝室に来て2日目。
分からないことだらけだろうと思ったルナシーが帝室全体の案内を申し出てくれた。
もちろん、その申し出を喜んで受け入れた。
私としても、ちゃんとどこに何があるのかを把握したかったし、単純に図書館に行ってみたかったのだ。
「それは実に楽しみね。……はぁ、ルナシー気づいている?」
「もちろんです。ルイーズ様のことを相当舐められているのかと」
浮足立つ気分で歩いていたのが台無しだ。
目を少し後ろを見れるように動かせば見えるぐらいの距離に、私たちを尾行する者が見える。
化粧が濃いから顔を顰めるといよいよ、異形の者にしか見えない。
そんなに殺気立っていたら誰だって気づくというのに。
大体、昨日私が言ったことはそこまで主観の入っていない客観的な事実のはずだ。
それに激情して攻撃を仕掛けようとするなどお門違いなのだ。
「おちおち、本も読んでられなさそうね。幸い一人だけみたいだし、撒くのは簡単だと思うわ」
「でも、油断しないでくださいね。アンパロ様はここにきて長いのですから」
今になって思えば、この時点ですでに私たちの予定調和は崩れ始めていたのだろう。
アンパロ嬢の来ているドレスは装飾が多い。つまりはかなり重量があるということだ。
それに加えて失礼だけど、かなりふくよかな体型だから早く歩くことはできまい。
そう結論づけて、早歩きしていた私は気が付かなかったのだ。
正面から歩いてくる一人の男の存在に。
「ぶつかってしまって、すみません。」
「アラ、別にアタシは大丈夫よ。お嬢さんこそ、大丈夫?」
ぶつかったことでよろめいた私に差し伸べる手が一つ。
男らしい骨ばった手には、良く鍛錬を積んだ証であるマメができている。
顔を見上げると、そこには女物の服を着た耽美な男が一人いた。
騎士か兵士か何かだろうか。体にはしっかり筋肉がついていて男らしい印象を与える。
しかし、女物を着ていることで見苦しいわけではない。
少し長めの薄紫の髪もシャープな顔立ちに施された派手なメイクも、すべて彼を引き立てているのだ。
「そんなに熱烈にみられちゃ、火傷しちゃうわ」
「不躾な視線を向けてしまってすみません。初対面でじろじろと見てしまって」
失礼だったわ。
人にはいろいろな事情があるもの。
その人のアイデンティティだったり、家庭の事情だったり、その恰好をする内情は様々だ。
まあ、幸い彼は別に深いと思っていなさそうに軽く笑っているけど。
「いいわよ。そういう視線にさらされるのは慣れているから」
周りの人間、特に侍女階級の者たちがくすくすと陰口を言っている。
これだけでも、彼がそう言うのもよく分かる。
「騎士団長様。お戻りになられていたのですね」
「ついさっきね。……ルナシーちゃんがいるってことは、あなたがルイーズ嬢ってことか」
騎士団長さんだったのか。へぇ~。
……今、ルナシー目の前の女装男子を騎士団長って言わなかった?!
確かに鍛えられた肉体を持っているし、それが張りぼてではないことが分かる。
他の兵士たちから憧憬の籠った視線をもらっているし。
そんな立ち位置にいる人なのか、彼は。
こんな往来の場にいて大丈夫なのだろうか?
いや、大丈夫か。
父――リュミエール王国・国境防衛総督も普通に出歩いていたわ。
「本物の『鮮紅令嬢』に会えるだなんて思ってなかったわ。あなたに会えたらやってみたいことがあったの」
何だろう、彼は普通に嬉しそうに笑っているだけなのに、嫌な予感がする。
ピリピリとした闘気が私の肌を撫でる。
改めて彼の笑顔を見ると、どこか愉しげに歪んでいた。
その笑顔を見たら不思議と次、彼が紡ぐ言葉が分かってしまった。
「アタシと手合わせしてちょうだい。もちろん、魔法でもなんでもありの決闘よ♪」
*
「あまり、全力を出したくないんでしょ?」
キーンと剣の打ち合う音を耳にしながら、彼は余裕そうな笑みで私に問いかける。
今は、そんなこと答えている余裕はない!!
「そうですね。人前で誰かと戦うという経験が少ないので、出さないというよりも出せないんですけどねッ!!」
何とか、剣を跳ね返したけど強化魔法がなかったら本当に危なかった。
彼の振り下ろす剣、なんて重たいの。
受け止めることはできるけど、反撃には移れない。
「でも、今は全力を出してほしいの。あなたのこれからに必要なことなのよ」
また、剣の打ち合いか。
さっきから、会話をするたびにこれを繰り返しているような気がする。
打ち合うと私との距離が近くなるから、会話をするためにあえてやっているのかしら。
それにしても、『私のこれからに必要』ね……。
「だから、アタシも全力でいくわね♡」
彼は木製の訓練用の剣を投げ出して、本来彼が使うであろう刃渡りの大きい二本の剣に持ち替える。
観覧客も審判もいきなりそのような行動に出た彼に驚きを隠せない。
彼らの叫び声が決闘場をこだまする。
「あなたが何を言いたいのかは分かりませんが、お望み通り全力を出して差し上げます」
空気を切る重い音がする勢いで振り下ろされた双剣を魔法で創った鎖で受け止める。
この国の決闘はどうやら武器を持ち替えてもいいらしい。
それならば、私も戦いやすい武器で戦わせてもらう。
「随分と、豪胆な武器を使うのね。」
楽しそうな笑みを崩さないが、少々上擦った声で彼が言うのも無理はない。
――だって、私が今手にしているのは鎖の先に鉄球が二つ付いたモーニングスターなのだから。
「さ、お覚悟なさって。これはあなたが始めた物語でしょう?」
全力を出していいと言うのなら、ありがたく全力を出させてもらおう。
間接的にとはいえ、彼は私の予定を狂わせてしまったのだから。
「言うのを忘れていましたが、私、邪魔者には容赦しませんから」
私が炎を纏った鉄球を彼に向かって投げたのを皮切りに、さらに決闘の激しさが高まった。




