精霊の粉を精錬します!
風はそこまで強く吹いていない。穏やかな昼下がりに、ラゴットは精錬の技術をあげるために、自身の魔力を研ぎ澄まし、呪文を唱えていた。近くには、大小数々の魔物が転がっている。キリが簡易魔法で倒す術をスズと語っている。ラゴットはその光景を何回か見るうちに、キリとスズが、紛れもなく知り合いだと言うことを悟った。そして、キリも、スズと同じレベルであると断言できた。
二人は何度もラゴットの精錬技術を褒めてくれるが、ラゴットには二人が、もしかしたら精錬さえもできるのではないか、と考えるようになった。実際に、簡単な精錬方法を教えると、スズにはできなかったのだが、キリはすぐにものにした。本来なら、とても高い魔力を保持していなければできないのだが。
キリが精霊という、とても高い魔力を保持する存在だと知ったら、ラゴットは彼ともっと仲良くなっただろう。ラゴットにとって自身の過去とキリの過去は重なることだから。
「あの・・・。」
ラゴットは一度休憩しようと、立ち上がり、背後にいるはずのキリを呼んだ。キリはいつの間にか倒していた魔物を、運びきれそうなサイズにカットしていた。
「・・・キリ!!!」
その背後に別の魔物が近づいていた。それに気がつき、ラゴットは叫んだ。ただ、彼は何も出来ずにいた。武器も持っていない。さらに、魔法の強さはキリの方が上だった。
キリは一瞬だけ手が止まり、叫んだラゴットに向けて、防護魔法を放った。キリを襲った魔物は、スズが放った魔法で一撃で炭に変わった。
「あらあらあら。ラゴット。何をそんなに沈んでいるの?」
スズからしたらいつものことだが、阿吽の呼吸も含め、魔法の威力も桁違いな二人を見て、ラゴットの落ち込み具合は凄まじかった。
「だって・・・。キリさん、俺の背後にいた魔物のために!俺を守ってくれたっ!」
特にキリが率先して、戦えないラゴットを守ったことが、ラゴットの心を萎縮させた。
「それは・・・。キリも仲間だしねー。」
スズには、キリとラゴットが、お互いに心を打ち明けることが、最も簡単な解決策にしか見えなかった。
「それはっ!でも!俺、本当に、一緒にいても・・・。」
ラゴットの呟きに、後ろで二人の会話を聞いていたキリが、ラゴットの頭にげんこつをいれた。ドワーフの頭は意外と、堅い。
「それ以上、言うなよ。俺は仲間だから、助けたんだ。」
キリの言う『仲間』は限りなく少ない。
精霊のハーフは精霊よりも、人間よりも、少ない。そのなかに、キリの仲間はいない。キリの仲間は今いるスズとラゴットだけだ。
「でもっ!」
泣きそうになっているラゴットに、スズがようやく、気が抜けたようにくすくす笑った。
スズには、キリの表情を読めないが、今のキリは明らかに、不服そうな顔をしていた。まるで、拗ねた子供。
「・・・ラゴット。キリ。今日の夜の警備は二人でしてね!」
魔物を倒していたら、時間が過ぎていた。もうあたりは夕闇を纏っている。土の匂いに混じって、魔物の死臭も漂っていた。
ラゴットはまだ何か言いたそうだったが、キリに無言で場所移動を誘導され、倒した魔物が転がる場所から風上に北西に移動した。北西には、なだらかな丘があり、群生している木々の中の小さな泉があった。
その場所で休息するというキリに連れてこられたが、スズは少し意味深く、キリを見た。そして、つぶやいた。
「ここには、普通は、来られないでしょう?」
スズは深く、深呼吸した。そこは、人間が本来入り込むことは出来ない場所。美しい情景と、神秘的な空間だ。魔力が満ち満ちている。
「そうだ。ここに魔物が来ることはない。」
スズの呟きに、キリはちょっとだけ嬉しそうに笑った。
そこは、精霊だけが入れる場所。精霊の結界が張られた泉。この世界に精霊がいることは、キリにとって少しだけ憂いになったが、少ない人数であったことと、キリを受け入れたことが、今ではキリの心を晴らした。
「えーっと・・・。あの、キリ。」
ラゴットはこの空間のことを、キリとスズの会話で、理解できるわけではない。この世界では、精霊という存在そのものが概念にないからだ。
「そうだな。どう言えば分かるか・・・。」
ラゴットの説明を求める視線に、キリは少し考えた。
「ラゴット。俺を見て、気がつくことはあるか?」
見た目の説明からした方がいい、と、キリは自分がどう見えるか、尋ねた。
「そっすね・・・。めっちゃ、美人、っす。」
「・・・。あぁ、そうか。この世界では精霊を、知らない・・・か。」
キリは、うーん、と考える。
「せいれい?」
「俺は、せいれい、という存在と、人間、という二つの種族から産まれたんだ。お前の、ドワーフと人間の子供、という奴と一緒だ。」
ラゴットは目を見開いた。それは、ハーフという存在を指していた。彼が今までどう扱われているのかを、語っていた。
「キリは・・・。その、あの・・・。」
ラゴットはもごもごと口を動かす。キリはラゴットの頭をガシガシと撫でた。
「ハーフっていうのは、色々と面倒だ・・・。俺の人生は振り回された。」
キリの言葉は、過去形だ。ただ、それまでの人生は決して楽ではない。
「俺と、同じ、っすね・・・。」
ラゴットは小さく、吐いた。
「・・・だな。」
それに、キリも頷いた。
二人は別の人生を、歩んでいた。こうして交差したのは、ただ、人生を歩いてきたから。どこかで命を落としかけたキリも、この世界を選んで、歩いた。足を止めずに来たから、会った。それだけだ。だが、ハーフという存在は限りなく少ない。そのハーフという人生を歩き、こうして会えたのは、歩いてきたから。
「ここは、精霊の誘いがあれば、入れる場所だ。」
キリは静かに、言った。
「・・・せいれいっていうのは、特別なのか?」
ラゴットはその言葉に尋ねた。
「そうだな。精霊は魔力をかなり保持している。ドワーフよりも、な。」
「え?」
ラゴットは驚愕した。この世界にドワーフよりも魔力を保持する存在がいたことに、驚いたのだ。
「じゃ、じゃあ、キリが精錬できたのって・・・!」
「俺は、ハーフだから、普通の人間よりも多いだけだ。まぁ、ドワーフよりも多いかどうかは・・・、分からないな。」
キリは首を振った。自身の魔力量が多いのは知っているが、どれだけ、とかは、分からない。しかし、ラゴットは、キリの魔力の多さを理解していた。
ふつうに考えて、精錬を行うには、魔力の多さが最も必要になる。ラゴットはドワーフのハーフという理由から、同じ仲間から受け入れてもらえなかった。魔力量もそこまで多くない。しかし、キリは精霊のハーフとは言え、ラゴットが教えた精錬を難なくこなした。才能と言うよりも魔力の多さから、できたことだ。
「・・・だ、だとしたら!一緒に、物作りしない・・・?」
ラゴットは、今までで、一番大きな声を出した。尻すぼみしてしまったが。
「うーん?俺の持っている魔力量はかなり少ないと思うが・・・。」
キリは首を傾げた。キリは端から見た評価をあまり、理解しないし、理解できない。キリの人生において、誰かの評価を受け入れれば、即座にその存在の命じられたとおりに生きねばならなかった。
「きーりー。仲間の言葉を信じなさい。」
そこで、ずっと二人の話を聞いていたスズが言葉を発した。キリとラゴットは言葉を止めた。
「いい大人でしょ?ラゴットは、貴方を見る目はあるわ。」
「お、大人って・・・。そりゃ、歳は1000は過ぎているけどな・・・。精霊の年齢だったら若いぞ?」
キリはそう返す。スズは泉のそばで横になっている。
「ラゴットはもっと、若いから。」
ラゴットはキリの年齢を聞いて、驚愕し固まった。
「うーん・・・。ま、そうだな。仲間って、そういうものか。」
キリはそれに気がつかないで考え込んで、頷く。
「よし。ラゴットの仕事を教えてくれ。」
ラゴットはぎこちなく、頷いた。色々、頭に入ってこない。
「せ、せいれいって、すごい、っす・・・。」
せめて常人がここにいたら、もっとツッコミを入れただろう。だが、しかし。今この瞬間には、ラゴットというただ一人の常人だけしかいなかった。
精霊の泉と呼ばれるこの場所では、魔物は入れない。スズは、この泉は知っていた。巫女という職業において、精霊と仕事することは重要だった。キリのような精霊だったらやりやすいが、基本は自らの存在を声高らかにしているのが、精霊と呼ばれる者達。特に我が儘な精霊は、スズの仕事を手伝うつもりなどない。それを操るのが巫女だ。巫女は昔から精霊に敬意など払うことはない。巫女は精霊ではなく、女王にしか敬意を払わないのだ。
ーー昔、攫われた時を思い出すわ・・・。
青い瞳のスズを狙った精霊の神隠し。青い瞳は貴重で、精霊が好むのだ。
スズの青い瞳を気に入った精霊がスズを攫った。両親は妹の警護を固め、スズを連れ去った精霊の住む、精霊の泉に踏み込んだ。
精霊は両親に、スズを精霊の妻にするための交渉をさせた。当時の両親は、私の存在を奪われたことが許せなかったらしい。その当時は一蹴した。ただ、その二年後には、妹を次期国王にするために画策したが。結果として、精霊は私の婚約者を用意したままにして、いずれもう一度攫うと言っていた。
ーーこの草地の匂いは懐かしい。私の婚約者はまだ用意したままなのかしら?
翌日、スズはいつの間にか眠っていた。
「す、スズさん。目を覚まさないっすね・・・。」
ラゴットが一生懸命に起こそうとしていた。
「まぁ、元巫女だからな。もしかしたら、精霊の粉でもかけられたか・・・。」
キリがつぶやいた。
「なんっすか、それ?」
ラゴットが興味深げに尋ねる。
「あーまぁ。精霊は遊び半分で人間を連れ去ったりする。そういう奴らだからか、人間を娶ることもある。スズは青い瞳だからな・・・。精霊は青い輝きを好んでしまう。一度精霊の泉で精霊の粉をかけられると、二度目に入ると、なかなか・・・、戻れないように眠らされるんだ。」
「えっと。つまり、一回、スズさんは誘拐されたことがあって、二度目に入ったから目覚めなくなった?」
「そうゆうこと。」
キリは頷いた。妖精の粉を打ち消す方法は、一つだけだ。
「困ったな・・・。ラゴット。お前、物作りを教えてくれるっていったよな?」
「え?」
ラゴットは戸惑いつつキリを見る。
「精霊の粉を作ろう。道具があれば、作れる。」
「精霊の粉って言うのは?」
ラゴットはようやく理解して、頷く。
「材料は、マンデラの草と、ウゴラの牙。それにこの場所でとれる、精霊の泉の水。それから・・・、俺の血。」
「えっ?!き、キリの血?」
「あぁ、精霊の血、だな。あるか?材料。」
「それなら、昨日採ったものもあるし、キリもいるから・・・。作れるっす。どんな感じに練っていくかは俺も想像になるっす。でも、材料の感じだと・・・。」
キリとラゴットはあーだこーだいいながら、精霊の粉を作り上げた。完成品ができあがると、キリはかなり嬉しそうにしていた。
「あ、あの、キリ。これを・・・?」
「あぁ。スズの頭に振りかければ、目を覚ます。にしても、面白いなー。精錬は。」
キリの嬉しそうな顔は、精錬を作った感想だった。今回はラゴットが造ったが、キリはその工程を見ながら覚えようとしていた。
ラゴットはスズの頭に振りかけた。その瞬間、スズは眠りから覚めた。
「・・・?変な夢を見たわー。」
スズが起きた直後のコメントだ。
「おー。だろうな。」
キリがのんびりと答えた。
「スズさん。大丈夫ですか?」
ラゴットは心配そうにスズの顔をのぞき込んだ。
「えぇ。ずいぶん長く眠っていたのね?」
「そうっす。精霊に誘拐されたことがあるっすよね?」
ラゴットは頷いて尋ねた。
「昔ね。そうかー。あのときのが、原因ね。」
「びっくりしないなー、お前。」
「びっくりするほど、若くないわ。」
スズはにこりと笑った。どうみても十代の容姿をしているが、スズの年齢はすでに四十を過ぎている。若い姿をしているのは、第一世界でのこともあるが、おそらく、彼女の場合、巫女という職業と青い瞳によるだろう。
彼女の持つ青い瞳は精霊が好む青い輝きを纏う、重度の高い『魔力結晶』だったからだ。『魔力結晶』が瞳に宿ることはあまりない。しかし、その輝きを纏う目には、普通とは違う、別の視界を持っているとされた。それが、スズのもう一つの力だ。魔力とは違う、異能。彼女は人だけでなく、全ての生物に対して、『移動補足』を行える。例えば、魔物に自分の左へ歩くように、などという命令に近いことができた。彼女の異能は変わり種だが、彼女の異能と魔導、魔法を使えば、より強力になる。
それが、彼女一人に出来る特権だからこそ、すごいと言えた。そして、年齢は異能を持つとより長寿になり、気がつけば、長生きしている、というわけだ。
異能が長寿になる原因だが、それは今も解明されていない。だからこそ、複数の人間が、その異能を手に入れようとしたり、研究しようとしている。
「ラゴット。今日は夜に出発しましょう。手荷物を増やしたくないですし。」
スズは大きな欠伸をして立ち上がった。
「あ、それなんっすけど!」
ラゴットはじゃーん、と手に持った小さなバックを見せた。
「これ!特別な手順を踏むと作れる、ドワーフの宝、『ミニミニポケット』っす!」
「・・・?」
スズは頷きながら首を傾げる。
「これは、容量無限大のちっちゃい鞄っす!」
ラゴットはバーンともう一度、掲げる。確かに、小さなバックだ。持っているだけで、色々と収納できる。ただ、スズもキリもお互いに黙っていたが、二人は魔道士だ。この世界ではほぼ敵なし。その魔道士が魔法使いよりもうんとレベルがある。高い魔力もある。そして、移動でも空を飛べるほど。その上で、収納に関してだけ、なにもない、訳がない。鞄という概念のある物を持ち歩く必要はない。
「・・・。そうね。とりあえず、造って見せてくれる?」
「あぁ。俺も造る工程をみたいかな。」
二人は空回っているラゴットのことを優しく見つめた。二人にとって、まだ若い彼が育っていくことを望んだ。もう死に戻るリープ世界ではない。いつか、もしかしたら、自分たちが旅立つ、という可能性。
「二人とも・・・。もしかして、ひ、必要ないってことっすか!?」
ラゴットは気づいて怒った顔をした。
「いやいやいや。ラゴットの精錬を学びたいのは本当さ。」
キリが苦笑いをしつつ、ラゴットを宥めた。すると、ラゴットはふっと顔を綻ばせて、
「冗談っす!二人が魔道士だって事は分かっているから・・・。二人とも、本当は俺よりも年上なんだって分かったし、これからは甘えます!」
と、言ってみせる。キリもスズもふっと笑い、キリは思いっきりラゴットの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「まったく。年下のドワーフめ。」
キリはなんだか照れるように笑っていた。そんな彼らを、スズは幸せそうに見つめた。
次の町につく頃には、三人の絆が深まっていることだろう。次の町で待ち受ける者達が、その絆を試すことになる。




