2章16墓場で舞い上がる
まるで一昔前の昼メロかよ、と言いたくなるような内容かもです。
小野小町が描かれている九相図は、京都市の住蓮山安楽寺にあるそうです。他のバージョンもあるのでぜひ検索してみてください。
サニーのおかげで傷ついた体も元通りとなった私たちは久しぶりの休養をとることとした。幸いなことに中級どころか上級レベルのモンスターが現れることもある森は、すっかり冒険者たちのレベル上げ狩場となっていた。おかげさまである程度の森の安全は確保できているものの以前のような安全な往来というわけにいかないので、相変らず商人や旅人は回り道をしていた。この状況に先日、市民の声をまとめて役所へ陳情にいったばかりだ。
冗談抜きで案件を無事に達成できても体がついていかない。笑うって?そんなことを言う人もいずれは年を取るのよ。身体は永遠じゃない、死ねば朽ちていくもの。元居た世界で、京都のある寺を参拝したときに九相図という絵を見た。どんなに若くて美しい女性も死ねば9つの段階を経て腐敗し、やがて骨になっていく絵だ。その女性は小野小町。世界3大美人のひとりだよ。宗教的な教えもあるのだけど、少々胸に響いた絵だ。しかしこうやって転生してみると、向こうの体は朽ちてもこちらの体を新たに得るのだから不思議な気分だ。命って何だろうね……。
若手のマリスは休みの日によくリンリンと過ごしていた。マリスはパリンがパーティーへ戻ってからリンリンにプロポーズをする気でいたのだが、リンリンは待たされるのが嫌であるらしい。
そしてリンリンはついに行動を起こしたようである。それがわからない私でもない。おばさんを舐めるなよ。井戸端会議と世間話は任せておけって。……うーん、なんか違うな……。
そう思いながら一緒に働いていて2人の仲を見守っていたが、やがてリンリンの体調に変化が起きていることに気付く。
「うっ……」
フロントで客を見送ったリンリンが慌てて洗面所へ駆け込む。何ごとかと見ていた私が後を追うと、しんどそうに吐いていた。
うむ……これは、あれだね。そうきましたか。
「リンリン、月のものはちゃんときている?」
さりげなく聞くとリンリンはゆっくりと首を振った。こうなったら私のやるべきことはひとつ。リンリンを守らねば。従業員を守って働きやすい環境を作るのが雇用主の務め。
よっしゃー!
早速マリスにこのことを話すのだが、なんと全く気付いていなかった様子。まあ、日々討伐案件や宿屋の裏方で働いていたから忙しくしていたのもあったのかもしれない。こうなった以上、彼らの生活を後押ししなければならないだろう。
「マリス、責任を取りなさい。リンリンはこの宿の大事な従業員なのよ。そのリンリンに手を付けたのだから責任を取るのは当り前でしょう?」
としばらく説教をした私。でもマリスはちゃんと覚悟をしていた。意味がわかったというか、思い当たる節があったのだろう。
「リンリンと結婚します。生まれてくる子どもは俺の子です」
そう言うマリスの顔はどこか明るい。結婚しようと思ってもなかなか踏ん切りがつかなかったのかもしれない。
あれからリンリンには体調が落ち着くまで短時間勤務としてもらった。もちろん、ちゃんと産休も取らせるつもりだ。リンリンが不在の時は私がフロント業務をする。この時間が取れたのも、あの森に多くの冒険者たちが訪れて腕試しをしてくれるから、連日私たちが討伐に行く必要がなかったからだ。以前のように弱小モンスターばかりだったら、きっと彼らは相手にしないし、私たちは昼まで狩りをしなければなかった。本当にタイミングが良かった。
前経営者タロウが亡くなってから必死で切り盛りしてきた宿屋だが、やはり経年劣化はあり、特に旧館の水回りの傷みがひどかった。浴場の窓が湿気で朽ちつつあるので、アルフォードに修理を依頼することにした。こんなところは元いた世界と何ら変わらないんだね。頼りにしているアルフォードを名前を呼びながら探すのだが、どこにも姿が見えない。宿の敷地内だけでなく近隣を幾つか探したがアルフォードは立ち寄っていないという。さぼりをするような男ではないし、どうしたんだろう、と思案した私はあることを思い出した。
墓場だ。そう、アルフォードの奥さんと幼い子供が眠る墓だ。
以前、アルフォードは墓場へ私を誘った。その墓には、討伐で金を稼ごうと長く家を留守にしていたとき、病に倒れて亡くなった奥さんと子どもが埋葬されている。家族より金稼ぎを優先させた彼は、そのことを悔いながらもモンスター討伐をして少しでも人の役に立つように心がけていた。それはまるで償いでもあるかのようだった。
ふと、私は庭の花をいくつか切ると墓場へ向かった。
何か思うことがあるのだろう。そこに気付けなかったのは私だ。アルフォードに対して自己中心的な考えをもってやしなかったか。大切なアルフォードなのに……。
はたして探し人は予想通り墓場にいた。これまでにもよく訪れていたようで、雑草がなく墓石もきれいだ。そうだよなあ、私も彼岸や盆、正月前は墓を掃除していたもの。亡くなった家族に対する思いは何処の世界も同じだろう。
「宿屋にいなかったからここへ探しに来たわよ」
私はそう言って墓へ花を手向けると手を合わせた。あったこともない人であるが、大切なアルフォードの家族だ。
「すまない……なんか急に思い立ってここへ来た。仕事をさぼる気は全くない」
「何言ってんのよ。あんたの大切な奥さんと子どもが眠っているのでしょう?私がどうこう言えるもんじゃないわ。むしろそれだけ大切に思っているのかと思うと……ちょっと嫉妬しちゃうかもね」
私は思わず本音を言ってしまった。……ああ、いわなければ良かった……。
「俺の家族を気にしてくれてありがとうよ。わざわざ来て花を手向けてくれたサユリの気持ちを受け止める。だから……」
「だから?」
「今日は自分の気持ちを整理しに来たんだ。……サユリ、あのな……俺は……その……」
元々口が達者な男ではないが、どうもおかしい。もどかしいったらありゃしない。
「今さら何を言われても怒らないから話して頂戴。さあ、何をやらかしたの」
酒か、女か、博打か。あれこれ想像してしまうほどで少々いらついてくる。
「サユリ、俺と結婚してくれないか。……確かに俺は未だに妻のことを忘れていないし忘れられない。でも、サユリが側にいてくれたらとずっと思っていた。虫のいい話と思われるかもしれないが……もし他に好きな人がいないなら、俺と結婚してくれないか」
やっとの思いで言ったのだろう。アルフォードは体を震わせている。でもね、こんな話をなぜ奥さんと子どもが眠る墓の前で言ったんだろう。それを考えないで言ったアルフォードの無神経ぶりに腹が立つ。
正直言って嬉しい、本当に嬉しい。ただ、私はあえてこの場でプロポーズをした彼の気持ちをどうしても確かめたかった。
バッチ-ン!
アルフォードの頬を思いっ切りひっぱたく。いきなりのことで彼の体は大きく振られた。
ゆっくりと体勢を立て直したアルフォードは私の顔をしばらく見ていたが、やがてその場を後にしようと背を向ける。
「待ってよ……。私は返事をまだ言っていない。あんたの気持ちを確かめたかったの。私も転生前は結婚していたし子供もいた。それはお互い様でしょう?……この世界の私はあんたをたまらないほど愛してる。夫のことも……顔はあんたの顔に上書きされたけど……今でも思い出が残っているわ。でも転生したらこっちの人生でしょう?だからアルフォード、この世界の私はあんたを愛しているの。アルフォード、私からも言うわ。私と結婚してくれる?」
それこそ私もやっとの告白だ。
しかも亡くなった奥さんの墓場の前。
亡くなった奥さんからみれば私も不謹慎極まりない。
ごめんなさいね……。でも独り身のアルフォードの側にこれからもいたい。大人の、おじさんおばさんの恋愛なんて小説のネタにもならないし、気持ち悪いと言われることもあると聞く。それでも好きなものは好き。誰がどう言おうと私はアルフォードが好き。これが笑い話となっても構わない。セリカの力を継承した私を自然体で今まで通り見てくれるアルフォードを愛しているの。
「サユリ……」
ぶたれた頬に手を当てながらアルフォードは今までになく接近してくる。人との距離でいえば片手の距離以内だ。
ああ、胸がドキドキする。どうしよう……乙女サユリは胸キュンキュン。
なんとなく亡くなった奥さんと子どもの気配さえ感じるのはなぜ?それなのに悪寒やゾッとする気配じゃない。
「サユリ……」
アルフォードは私を抱きしめてくれた。私たちの距離が一番縮まった瞬間だ。
いいわよ、アルフォード……受け入れるわ……。
深く長く熱いキス。倦怠期を経験した私には久しぶりで乙女サユリのハートは爆発寸前。
奥さんと子どもの眠る墓の前で何度もキスをしていると、心地よい風が吹き抜けていった。木々に潜んでいた小鳥たちが一斉に飛び交い、さえずりだした。
これは亡くなった奥さんと子どもが祝福しているのかな。いい方にとらえておこう。
あなたたちの大事なアルフォードを私も一生かけて大事にするからね。
どうか見守ってくださいね。
まさかまさかの墓場で舞い上がる。
愛しているわ、アルフォード!
最後までお読みいただきありがとうございました。
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