2章14ディスコ・キッド
吹奏楽コンクールの課題曲「ディスコ・キッド」は結構有名らしく、今でも配信等で聞くことができます。私はフルート担当でした。踊りのはさっぱりで、一度友達に誘われてディスコ・ホールへ行ったぐらいかなあ。主人公のサユリはお立ち台で踊り、下手な子をどかすほど主張の強い性格です。それでいてどこか保守的な匂いがするのは、封建的な父親に従っていた母の影響です。
無銭飲食と宿泊をしたクラフティス。役人へ突き出されて牢獄暮らしを覚悟していたが、私の一存で更生のためここで働いてもらうことにした。とはいえ、泥棒容疑で捕えられているのだから金銭管理など任せられない。クラフティスができることは何だろう。考えもなしに引き取るなんて言った私は独断を後悔していた。でも、私は宿屋の経営者サユリ。タロウが作ったこの宿屋を私の代でつぶすわけにはいかない。
クラフティスの採用にあたって、サニーが彼の体内にある種の魔法の目を封じ込めた。どうやら、何か悪事を働こうとしたら魔法の目が優先され、視覚に変化が起きるらしい。魔法を使えない私にはわからんちんだ。多分、心理操作みたいなもんだろう……知らんけど。それ以降、サニーはクラフティスに何だかんだと寄ってきては用事を言いつけていた。買い出しや掃除など……。ただ、個人の洗濯だけはやめさせた。だって、自分の下着までクラフティスに洗わせようとしていたんだもの。いくら何でもそれはね……。
その日、客を送りだした後、ふたりでシーツやタオルの洗濯にとりかかりながらクラフティスに尋ねた。
「なんで泥棒なんかしなきゃならなかったのよ。まっとうな仕事をしていなかったの?」
そう言うと彼は恥じらいだ笑みを浮かべながらも最後はしんみりとしてこう答えた。
「俺は元々、町を巡って歌や踊りを披露するグループに所属していた。その中で俺はダンサーをしていた。どこで公演を行っても拍手喝采でみんなに喜んでもらえてやりがいがあったよ。ただ、わけのわからない病が流行ったとき俺たちの受け入れ先もなくなった。流しの公演グループはどこぞで病を持ち込んでくるから来るなと言われたこともあった……。そんなの、差別じゃないか。定住せずにあちこちを巡る流しの演芸集団なんて信用がないということだろう。以来、俺たちは経済的に苦しくなり解散したのさ。笑えよ……演芸集団なんて弱い立場なんだ」
クラフティスの言葉がわからないでもない。元居た世界でも新型コロナが大流行して日本中が警戒していたころ、大手のレジャー施設も長期にわたって休業した。客が来ないから着ぐるみを着たり躍ったりするスタッフも解雇や自宅待機があったときく。非正規雇用なら尚更休業補償はないだろう。新型コロナは人々を苦しめ、経済をめちゃくちゃにしたのだ。
そう……か……。
どうしたものかと考え込んだ私は、ふとあることを思い出した。
洗濯の手を休めて、近くにあった木の枝2本で簡易洗濯機を叩いてみせた。
ズッチャー、ズッチャー……。
このリズムを変化させて洗濯機の他の場所を叩きながらアレンジをしていくと、最初は体を揺らしていたクラフティスがとうとう体全体を動かして踊り始めたではないか。
「すぐにリズムに反応できるなんてさすがダンサーね。これは元居た世界で私が踊っていたリズム。ディスコのリズムよ」
私はそう言って覚えているディスコの曲を口ずさみながらリズムを叩き続ける。
ディスコの曲といえば、学生のころ吹奏楽コンクールで演奏した課題曲「ディスコ・キッド」だ。あの曲がしっかり頭に残っていたからかな、ディスコへ通うようになり、ディスコのお立ち台に立って踊りまくっていた。あれもダンサーみたいなもんだからね。
「決めた!クラフティス、居酒屋で踊るようにしましょう。お立ち台もつくってもらうわ。私も踊っていたのよ」
そう言うとさっきまで暗かったクラティスの表情が明るくなった。
わかる、わかるよその気持ち。自分の得意なもので輝けるって嬉しいもの。
ここへきて問題は音源となる。だが、そんな心配は無用だった。サニーが例の魔法をかけてくれ、解散したクラフティスの仲間を呼び寄せたのである。
後日、久しぶりに集まったクラフティスの仲間たち。なぜか自然にこの町へ呼び寄せられたとして不思議がっている。
「これも神様のお導きよ。じゃあ、楽団の皆さん、このリズムで曲を作って頂戴。居酒屋で演奏してもらうわよ」
生演奏といえばライブである。そしてダンス。なんだか居酒屋が様変わりするかもという気になってきた。
ズッチャー、ズッチャー……。
宿屋の庭に集まり、私が木の枝で叩いて見せると彼らの打楽器担当はすぐにアレンジを加えていく。それに合わせて笛やラッパ(ごく初期のタイプでトランペットとは違う)、ギターみたいな弦楽器も加わった。やはり打楽器が活きてくると音楽もノリノリだね。
音楽に合わせてクラフティスと踊っていると、見物人が多数やってきた。うーん、ギャラリーがいるなんて最高!
ズッチャー、ズッチャー……。
とうとうギャラリーたちも踊り始めた。そうよ、だってディスコって難しくないのだ。みんなが気軽に踊ることができるから楽しいのだよ。
ズッチャー、ズッチャー……。
ギャラリーと一体化して踊りまくる。まさかこの世界でディスコを踊るとは思ってもみなかった。なんだか若返った気分ね。宿屋の裏方業務でダイエットに成功した私へのご褒美かな。
そんな私の視界に何ごとが起きたのかと呆然として立っているアルフォードとマリスの姿が入った。
違う、違う、さぼってるわけじゃないのよ。
サニーはというと、庭の椅子に座って体を揺らしている。彼女なりに曲にのっているのだ。
ダンスが終わると冬だというのに汗がでていた。いい運動だわ、これ。
拍手喝さいのなかで何だか達成感も味わった。この感覚を忘れていた。
「みなさーん、居酒屋は生演奏とダンスができるようにします。老いも、若きも楽しみましょう」
私の言葉に歓声が続く。どの世界でも人々を楽しませるエンターティナーは必要なのだ。
宿屋と居酒屋の従業員を説き伏せて勝手に決めた私のプランに納得してもらう。ああ、いくら経営者だと言っても独裁者じゃいけないものね。従業員たちの意見を聞きながら、より働きやすい職場へ変えていかないといけない。
クラフティスの件は、グループが再結成となったことで、しばらくの間、居酒屋所属の専門楽団として残ることとなった。ただ、音楽だけでは食べていけないので、日中はかれらなりに短時間勤務を探している。住まいは宿屋の旧館の1室を提供した。クラフティスも仲間が一緒であり、もう悪いことはしないだろう。問題を起こそうとしたらサニーが封じ込めた魔法の目が働くのだから。
「あの魔法の目は、改心して罪の分人が幸せになるため働けば自然消滅するんだよ。彼には言わなかったけどのう」
サニーが踊りを練習しているクラフティスを見ながらつぶやいた。なるほど、魔法の目は永久じゃないのか。まあ、それはそれでいいことだ。更生終えた人間までずっと監視するのはどうかと思うから。
あれから居酒屋改修工事が始まり、居酒屋はしばらくの間宿屋の食堂がその役を受けることとなった。私は事務処理をしながら宿屋の裏方、居酒屋業務。リンリン、ランラン、カンカンは宿屋フロントと居酒屋勤務をシフトを組んで行っている。調理師も2名。アルフォードとマリスは裏方専門だ。
相変わらず、町の住民は飲み関係の工事なら喜んで手伝ってくれる。働くから飲ませてくれ、だって。やれやれ……。
そんなこんなで改修工事は順調にすすみ、冬が終わりを迎える。今年は暖冬とかで、除雪隊の出動もなかった。それも幸いした。
改修後の居酒屋に新たにできたものは、お立ち台やステージ台、そしてミラーボール。
そう、ミラーボールは目玉なのよ。ミラーボールがあってこそのディスコだ。あれは煌びやかで、まるで麻薬のように演出をしてくれる。この世界の照明はろうそくや松明だけなので、それだとミラーボールが活きてこない。こればかりは魔法の御世話になった。サニーがスポットライトのような明るい照明を作ってくれた。
だけど何かまだ足りない。そうそう、あれよあれ。ディスコといえば羽根の扇!ジュリ扇だよ。ふわふわの羽の扇を持ち、ひらひらと動かしながら踊りまくるのよ。どうせ再現するならそこまでやらないとね。
扇はこの世界でも存在していた(きっと過去の転生者が発案したのだろう)が、まだジュリ扇はなかった。ディスコを踊るならできるだけあの雰囲気を再現したい。ジュリ扇は必須アイテムなのだ。なぜジュリ扇って言うのかって?当時、ジュリアナ東京って大きなディスコホールがあってね……踊り子たちのアイテムだったのよ。それが広まっていったわけ。
さて、無事に改修工事も終わり、お酒と食事、踊りの場としてオープンした。2階席をつくって飲食に専念したい人はそこを利用してもらうことにした。改修工事は結構費用がかかったがこれも必要経費、こんなところをケチっちゃだめだ。
「みなさーん、大変長らくお待たせしました。改修工事が無事に終わり、本日再オープンすることとなりました。これからも御ひいきによろしくお願いします」
店の入り口で私が一声をあげる。待ってましたとばかりに歓声がおき、客たちが次々に入ってくる。
さあ、忙しくなるわよ。
居酒屋は食事の場でもあるので、躍りの時間設定をしてある。従業員たちの勤務のシフトや負担を考えてのことだ。従業員を大切にしない企業は潰れる。長い人生経験で得たものだ。
客たちは飲食を済ませ、ディスコとは何ぞやとばかりにホールの周りに陣取った。何を始めようとしているのか様子を伺うということだろう。
私も急いで着替える。さすがにいつもの中世風おばさん姿じゃ洒落にならない。率先してディスコを周知する以上、本気でやるべきだと思ったからね。この日の為にコツコツと縫ってきたもの。そうだよ、懐かしのアレだよ、ボディーコンシャスの服!
ヘアスタイルも今日は特別。朝からちいさな三つ編みをたくさんしてひとくくりにしていた。鏡の前に立ち、体のラインにぴったりと沿ったボディーコンシャス(ボディコン)服を着る。ミニスカート丈のワンピースなんて久し振り。ダイエットに成功したおばさんは怖いものなしよ。そのまま三つ編みの髪をひとつひとつほどいていくと簡易ソバージュのできあがり。うむ、いいじゃないか。高揚感で体が軽くなった私は手作りのジュリ扇を手に皆の前に姿をあらわした。すでにクラフティスも準備している。彼の服装は金糸を使って派手めにしてあり、どう見ても踊り用の服だ。
「いくわよ。踊りの決まりを考えなくていいから。楽しく踊るのが一番だよ」
私の声でクラフティスの楽団が音楽を奏でる。ディスコのリズムを踏襲しているものの、この国の民俗音楽の和声の響きもあり、それが観衆の心をとらえるのだろう。
ズッチャー、ズッチャー……。
前奏の次に打楽器のアレンジが加わる。元居た世界のドラムセットよろしく、それらに似せた打楽器類だ。そしてこの楽団の作ったディスコ曲が流れる。曲名は「ディスコ・キッド」。あの有名な吹奏楽コンクールの課題曲と同じなのだ。なんでこの名前にしたのかもうわからない。皆、ノリノリで今日まで取り組んできたからね、理由なんてないのかも。
お立ち台に立って踊っていく私とクラフティス。扇を振りながら踊りまくると周りの客たちも徐々に近づいてきて各々が身体を動かしだした。少しずつ、少しずつ彼らは曲のリズムをとらえ、やがてホール全体が踊りの場となった。私はお立ち台から降りて踊りながら音楽にのっている女の子をお立ち台へと促す。これ大事だよ。お立ち台を独占せずに皆で共有するのがいいもの。
いいね、こうして皆がひとつのことに汗をながすっていいね。後は踊りの振り付けを彼らがどんどんやってこの世界の踊りとしたらいい。
居酒屋ディスコが営業を終了するころには汗をたっぷりかいた客たちのさわやかな笑顔があふれた。
まさかこの世界でディスコを開き、ボディーコンシャスを着るとは思わなかった。ボディーコンシャス着ただけで若返った気分。おばさんだって異世界転生、これからもしたたかに生き抜くわよ。
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ディスコ・キッドは音楽配信や動画配信でも聴くことができます。




