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2章11ミラのいたずら

何でもかんでも大きければいいってもんじゃないのよ

 タナトスの一件が無事に終わり、蘇生されたミラも以前と変わりないようだ。

 教会を覆っていた黒い影のような違和感はすでになくなり、あとは太陽の光を浴びている無人の教会があるだけだ。そもそもここは女神がいなくなってから信者が寄り付かなくなり、空家となっていた教会だ。それでなくても総本山なのにご利益が感じられないと人の心は離れるなんて人間の勝手に左右される神も哀れである。御利益信仰信者が求めているのは神ではなく自分の要求を叶えてくれる者であり、その代償が寄付であったりするのだ。

 

 

 気配を感じる。アマビエがそばにきているのだ。私は仲間たちから離れてアマビエに語りかけた。

「タナトスは神格向上して消えたわ。それよりも女神パイディアの総本山である教会が空き家となっているのは非常にまずいと思うのよ。プリムスに何とか頼んで対策をしてもらって頂戴。でないとまた魔物が住み着くわよ。それだけでなく、なんでパイディアを連れ戻さないの?いつまでも遊び惚けているから迷惑かかっているわけでしょ。いくら上位の神でも仕事を放棄しているなんてあり得ないわ」

「サユリのいう通り、このままではまた何かが教会へ住みついてしまいます。プリムス様にお願いして管理していただきます。パイディア様のことですが、実はパイディア様の全く情報が入ってこないんです。以前は神気で居場所がすぐに分かったんですが、パイディア様の神気が全く感じられなくなって久しい。何かパイディアさまの身に起きたのではないかと危惧しています。……で、プリムス様から伝言です。パイディア様を探し出してほしいと。神気が感じられないということは神として存在していないのではと心配していらっしゃいます。サユリはプリムス様の加護を受けているのでパイディア様不在の影響を受けていません。それに加えてセリカの加護も加わっています。どうか、パイディア様を探し出してください」

 いつもは甘ちゃんのアマビエがとても真剣なまなざしで見てくる。ああ、この視線が痛い。

「わかったわ……。その前にやるべきことをやっておくわね」

 そう言うとアマビエはスッと消えていった。抱っこをねだることなく帰ったことで、それだけ大きな依頼ということがわかる。

 でもどうやって探すのよ。宿屋パーティーの少なくとも私は宿屋業務があるのに。リンリン・ランラン・カンカンに任せっぱなしじゃ経営者として失格だと思う。

 そう考えるうち、宿屋のことが気になってきた。大丈夫かな……。


 私がみんなのもとへ戻ったころには飲み会の話が出来上がっていた。やれやれ、慰労会気分なのだろう。ただ、その前に確認をしておかねばならないことがある。

「私たちを騙したシビック市長を訴えるべきよ」

 自分の野望をタナトスの野望と合わせて人々を騙し、戦争を引き起こそうとしたのだから相当のワルだ。人間はときに悪魔と化すというからこういうことを言うのだろう。人間ほど恐ろしい生き物はいない。

 この場の皆もタナトスの言葉からシビック市長が黒幕だと理解している。

「サユリのいう通りだ。何も知らぬふりをしてギルドへ戻って報告をしようぜ。奴は俺たちが死んだと思っているから驚く顔が見ものだろう。ともあれ、役人を呼んでおこう」

 ジムニーが指をポキポキ鳴らした。こりゃ相当ストレスきているな……。

 もちろん、ひとりを取り囲んで仕返ししようなんてだめだからね。フェアじゃないもの。でも私だってシビック市長を引っぱたきたい気持ちはある。


 

 私たちは総本山である教会を後にすると、あれこれ市長に対する対応や飲み会の話をしながらギルドへ入る。だが、いつもなら受付嬢がいるはずのギルドは妙に静まり返っていた。

 何ごとかと思って扉を開けるとふたりの受付嬢が床に座り込んでいる。何かに怯えており体が上手く動かないようだ。

「どうした……。何か怖いものでもいたのか」

 ジムニーが声をかけると彼女たちはようやく立ち上がって手をある方向へ差し出したのである。

 手が示したその方向を見て私たちは驚きのあまり息をのんだ。


 天井近くの壁に何かはりついている……それはシビック市長だ。はりついているというより、壁にのめり込むように体が打ち付けられているのだ。無数の血が飛散り、砕けた彼の体から血が幾筋も流れている。その血の流れはまだ時間が立っていないことを示していた。

「彼は既に亡くなっています……。魂がないので蘇生はできません」

 魔法使いたちも驚いているようだ。

「シビック市長の魂はタナトスが連れて行ったみたいね。自分を騙した男をタナトスがこのままにしておくわけないと思っていたの」

 正直、こんなに損傷した遺体を見て怖いと思うのが普通だろうが、なぜか私は落ち着いていた。

 ジムニーに呼ばれてきた役人たちもこの惨状に青ざめている。もうこうなったら捕えるどころか報告しかできないだろう。慌てて書面に状況をまとめだした。


 その後シビック市長の遺体はやさぐれたちによりのめり込んだ壁から降ろされ、家族のもとへ返された。どんな男であれ、家族に罪はない。いきなりのことに嘆き悲しむ妻と子どもを見てやるせない気持ちになった。

 その後、ギルドの壁は早急に職人が呼ばれて修復作業がはじまった。

 飲み会はシビック市長の件もあってか、屋外で行なわれた。月明りと松明があればそんなに不自由をすることはない。そういえば元居た世界でも夜桜見物やスポーツの大会の慰労会などを屋外ですることがあった。そんな気分だ。

 そして何が変わったかといえば、やさぐれたちに少しは神を意識する気持ちが芽生えたことだ。パイディアはいなかったが、タナトスを見たことで実際に神がいることを理解したのである。神の上下関係は関係ない。彼らにとって討伐案件で魔物と対峙することはあっても、神と対峙することはなかった。タナトスの神格向上はそうしたやさぐれ達の心の隙間を見事にううめたのだ。これもご利益といえばご利益なのだろう。

 

 

 わたしたち宿屋パーティーはギルドの修復完了を見届けることはせず、翌日さっさとエウルス国を去ることにした。戦争を起こそうとしているものや扇動するものがはっきりとし、その脅威もなくなった今、いつまでも長居をする必要がないからである。


 ミラの拡大魔法によって大きくなったサラマンドラ。そういえばサラマンドラは総本山へ向かう前、シビック市長の頭を蹴り飛ばしたっけ。サラマンドラは魔物の気配を感じ取る妖獣だ。シビック市長にタナトスの息吹を感じ取ったのかもしれない。そこを理解できなかった私たちはサラマンドラにねぎらいの言葉をいった。

 まだまだだなあ……。成長したパリンと対等につけるだろうか。パリンは卒業するまで帰らないと言った。それは里心で勉学がおろそかになることを心配してのことだ。それだけの覚悟だから生半可な気持ちではない。きっとパリンは益々イケメンになってこの私を癒してくれるだろう。


 いや、そんなことじゃないって!


 パリンは長い間彼を苦しめていたトラウマを乗り越え、回復魔法や蘇生魔法を身につけてくるはずだ。二度と目の目で仲間の死を見ることがないようにだ。

 だから私たちも将来、上級魔法使いとなったパリンを迎えるために精進努力する。おじさんおばさんでも学び続けなければ老化の入り口にはいってしまうのだ。


「アルフォード、サユリ、マリス。私はこのまま仲間のところへ戻ります。エウルス国との疑惑が晴れて国境封鎖も互いに解除となった今、待っている仲間たちのもとへ帰るべきですから。皆さんのように年齢に関係なく助け合って案件に挑むパーティーって素敵ですね。私も皆さんのように、おごらずにパーティーの戦力として挑んでいきたいと思います。さようなら、皆さん。お元気で。サユリ、パリンが上級魔法使いとなったとき共闘できるのを楽しみにしています」

 なんと、ミラはそのまま仲間のもとへ帰るというのだ。まあそれは仕方がない。ミラは自分のパーティーへ戻る、ただそれだけだ。引き留めるわけにいかない。これで宿屋パーティーは再び魔法使い不在となるが、いつまでも魔法使いを頼らず、自分たちで達成可能な策を考えるのだ。それ以上に私は宿屋の経営者としての責任もある。従業員を露頭に迷わせないためにも健全な経営をしなければならない。

 

 サラマンドラに乗ると、私はジムニーにこのように言った。

「シビック市長の死は悪神タナトスにやられたものって言うのよ。市政を預かる市長が狙われたってね。そう言った方がいいわ」

 あくまでもタナトスを利用しようとして国家転覆をはかったのでなく、善良な市長は市民の代表としてタナトスに狙われたということにしておくのだ。残された妻子のためにもそのほうがいい。

「任せとけって。やさぐれを舐めんなよ」

 ジムニーたちやさぐれ冒険者は、無言ではあったが皆いい表情をしている。今まで嫌われ者だった彼らだったが、案件を無事に達成をして今やまっとうな冒険者だ。国境警備に駆り出された冒険者たちも帰ってくるだろうから、また競うことになるだろうが、大丈夫だろう。


「出発!」

 アルフォードの掛け声で私たちを乗せたサラマンドラが飛び立つ。

 

 バサッバサッ!

 

 しばらくして眼下に国境が見えた。ここへ来る前に見たとき、双方の兵士たちが国境を挟んで対峙していたが、あれほどたくさんいた兵士たち・冒険者たちは僅かにみえる程度である。……平時の体制はとても静かだ。

「タナトスは兵士たちに最後の心理操作を行っていたみたいだな。あんなにいた兵士たちはもうあれだけしかいない」

 アルフォードもようやくほっとしたようだ。

 

 だが、私はあることに気付いたのである。


「ちょっと待って!誰がサラマンドラを元の大きさに戻すのよ。これってミラのいたずら?」

 そうなのだ。国へ帰っても拡大したサラマンドラをこのままにしておくわけにいかない。宿屋パーティーは魔法使い不在だ。誰も元の大きさに戻せない。


 ケーン!


 サラマンドラは機嫌よく翼をはためかせて飛んでいる。わかる、大空を飛ぶその気持ちよさ、わかるわよ。でもね……。


「ミラ!今度会ったらひっぱたいてやるから覚えておけよ!」

 私の叫びも空しく、怪鳥となったサラマンドラは国を目指して飛び続けたのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

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