2章10攻撃は説教ですか②
ギリシャ神話の神のように、この世界の神は人間っぽい感情を持ちあわせている。だから絵画でも好んで題材にされたのだろう。今や信仰の対象かどうか怪しいけど、ギリシャの神々は私たちにあれこれ投げかけてくれる。
「タナトスだ……こいつは神でも悪神のタナトスだ。言い伝え通りの姿だ……奴がほしいのは信仰心じゃなく死だ。つまり死神だ!」
ジムニーが背後から叫んだ。さしものやさぐれたちも死神の出現におろおろしている。
ちょっとまって。あんた達よりも目の前にいるタナトスと対峙している私たちのほうが怖いわよ。ふざけんなよ!
そんな心の叫びが胸にこだました。言い訳になるが、私たちは弱小モンスター専門の宿屋パーティーだってば!
私たちの混乱をおもしろがっているのか、タナトスは視線を私たちに向けたかと思うと野太い声で言葉を発してくる。
「お前たち、なかなか面白そうなやつだな。この私にわざわざ出向いて会いに来るとは。さあ、私を崇めてくれ。さすればお前たちの魂を苦しむことなく冥界へ送ってやろう」
このタナトスの言葉に背後のやさぐれたちから悲鳴に似た声があがった。言葉は優しいが、要は殺して魂を奪うということなのだ。
「お、お断りよ!誰が死神なんか崇めるもんですか。私たちだって神様を選ぶ権利があるもの。あんたの好きにさせないわよ」
タナトスの言葉をきっぱりと否定した私をアルフォードとマリスは驚きの顔でみている。そりゃそうだね、死神にたてつくなんて考えられないことだ。
薙刀をはじめアルフォードとマリスの剣の輝きが増していく。先ほどまで暗かった教会内に太陽が戻ったみたいだ。その光にタナトスの姿があらわになる。死神を見たのは皆初めてだ。というより、見た者は冥界へ送られるのだから生きて帰れない。タナトスの姿が言い伝え通りということは、きっとそれを伝えた本人は蘇生魔法か何かで魂を持っていかれる前に死に戻りをしたということだろう。
「私に光を当てても無駄だぞ。私はラミアとは違う。死神だから光に弱いという思い込みは捨てることだ」
そう言って私たちの希望を砕こうとしているタナトス。全くもって性格が悪い。
「薙刀を持っているお前、お前は一度死んだみたいだな。しかも単なる蘇生魔法ではない。魔力ではない蘇生魔法を誰にやってもらったのだ?……まあいい。どのみちもう一度死んでもらったら私にとってありがたいものだからな。蘇生した魂の価値は2倍なのだぞ。……お前たちの協力を感謝する……なぜなら私の神格向上のためにより多くの魂が必要なのだから」
死を扱うタナトスは蘇生魔法の跡を見破ることができるようだ。単なる蘇生魔法と違う蘇生魔法なんて私は知らん!あれはケントのパーティーにいた魔法使いだし魔法使いの経歴も知らない。
「そ、そんなこと私に聞いても……」
口ごもっていた私に不気味な笑みを見せたタナトスは体を大きく後ろへそらした。
ブオーッ!
教会内に猛烈な突風が起き、悲鳴とともに風に巻き上げられたり壁に打ち付けられたりした。おかげで堅牢な教会もこの突風に壁や屋根の一部が破損してしまう。
私とアルフォード、マリスは武器の輝きが突風を打ち消したようで床にしっかりと立ったままだ。見るとやさぐれたちは壁や床に叩きつけられてケガを負った者がいるものの、すぐに態勢を立て直している。ただ、ミラは違った。
「ミラ!」
アルフォードが駆け寄って体を揺らすが全く動かない。
「私の死の息吹が効いたのはたったひとり?……しかもお前たちの武器は私の死の息吹を打ち消すようだな。情けないのう……自分たちだけが助かればいいのか。人間として恥ずかしくないのか。そもそも私の死の息吹が効かぬということは、お前たち信仰心を持ち合わせていないということだぞ。この国は特にパイディア神の総本山がある。だから皆パイディア神を信仰しているのではないか。神に対して畏敬の念をもって暮らしているのではないか」
やさぐれたちが信仰心よりも富と名声を欲しがっていることをタナトスは考えられないようだ。でもね、総本山があるからと言って皆に信仰心があるとは限らないのよ。勉強不足だよ、全く!
「それは屁理屈だわよ。あんたの息吹の効果がこの武器を前に打ち消されたからって何を屁理屈いってるのよ。ああ、ほんとにあんたが神様を名乗っているなんてこの世界も終わりだわ。遊び惚けているパイディアといい、この世界の神ってバカなの?」
死神を前に言うべきことを言ってやった。後は野となれ山となれ。
「サユリ……大丈夫か」
アルフォードが私のおでこに手を当てる。背後のやさぐれたちも恐怖心を持ちながら私の話を興味津々で聞いているようだ。
違う違う、そうじゃないって。熱なんかないわよ。
「この私を愚弄するとはいい度胸だ。こうもお前に馬鹿呼ばわりされては気分が悪い。そこまで言うならお前の覚悟と根性を示してみろ。何しろ私が神格向上するためにはさらに多くの魂が必要なのだ」
神格向上?……知らんわ!人の命を奪って神格向上を目指すって何だよ。段々頭に血がのぼってきたわ。
「はあ?あんたみたいなクソ神を向上させたら天界の道徳心を問われるわよ。あんたみたいに神々しさや清らかさのないまま神格向上できるわけないわ。何をうぬぼれているのよ。あんたなんか精々魔界の神様とか魔王とかがお似合いよ。……ああ、これで分かった……戦争を引き起こして多数の死者をだせば一度に多くの魂を得られるって目論んでいるのね。多くの魂を犠牲にして神格向上って、それは上位の神への忖度か賄賂と言っていいわ。ほんとにやり方が汚いったらありゃしない。そんなけち臭いことをしないで実力で神格向上を目指すべきじゃないの。信者の信仰心が欲しければ奇跡をおこせばいいのよ。やってることがけち臭くて話にならない。そんな性格だから信者が寄ってこないしいつまでも死の神として祀られることなく恐れられていることに気付かないの。……死の息吹なんてあんたのクソでしょ?まだプリムスのくしゃみの方がきれいだわよ」
別にプリムスを賛美したわけではないが、タナトスよりはプリムスの方がまだマシだ。それにしても死神を前に私もよくこんなことを言えたもんだ。人間、一度死んだら覚悟ができるのかもしれない。
背後のやさぐれたちが静かだと思ったら、何と口をあんぐりさせて私たちとタナトスを交互に見ているではないか。呆れているのだ……そう、この目付きは呆れてものも言えない状況なのだ。そしてミラは他の魔法使いによって蘇生の最中だ。今ここでタナトスにやられてしまうわけにいかない。
私の薙刀が音を出し始めた。
ウィーン、ウィーン……。
ほら、セリカも怒っている。
「そ、そこまで言うのか……この私に向かってそこまで言うのか。今まで誰からもそんなことを言われなかったのに……。こう見えても私は人々から恐れられている魔王に近き存在。そんな私にそこまで言うのか……」
タナトスは今まで恐れられてばかりで自分のことをこうまで言われたことがなかったのだろう。確かに人と話さなくても死神の仕事はできる。
しばらくの沈黙の後、なんとタナトスの大きさが急速に変わり……というより縮んでいき、2メートルくらいになってしまった。やさぐれたちはまたまた言葉を失っている。一体何の状況かわからないのだろう。
「……私は神格向上の資格さえないのか……私は人に崇められて喜ぶこともできないのか……私は……私は……好きで死神をやってるのではない……パイディアに先を越され、やむなく死の神の役目を受け入れた。人々が嫌い、恐れ、孤独な神でしかない……」
そう言ってさめざめと涙を流し始めたではないか。
神様が泣くなんて知らないけど、タナトスは寂しかったのかもしれない。神格向上して上位の神となれば神力も変わってくる。そうすれば人々の自分を見る目も変わってくると思っていたのだろう。
おーん、おーん……。
教会内にタナトスの泣き声が響き渡る。まるで自分の要求が通らなかったときの子どもの泣き声のようだ。
確かに誰かが死の神を引き受けなかったら死者の魂は彷徨ってしまうだろう。その役をタナトスは孤独に苛まれながらも請け負ってきたのだ。神だからわがまま言わないでよという思いは横へ置いておこう。
「泣いていてもはじまらないわ。タナトス、今まで多くの死者の魂を迷わないように冥界へ送ってくれてありがとう。そしてお疲れ様。あんたが孤独を感じながらも自分の役目を責任もってやってくれたことを、今ここにいる私たちはしっかりと受け止めたからね。だから泣かないで。誰にも認められないってホントに寂しいよね。日の目を見ずに文句も言わす仕事をするって簡単じゃないもの。ホントにありがとうね。この薙刀とともにいるセリカの魂や私たちもやがてそっちへ行く時が来るからその時はちゃんと冥界へおくってね」
さめざめと泣き続けるタナトスに私は語り掛けた。誰にも認められず、仕事をやり続ける寂しさ。わたしだって転生前の人生経験があるからわかる。
「……すまなかった。戦争を仕掛けて多くの魂を奪うなんて愚かなことをしてしまうところだった。今より両国にかかっている術を解こう。今回、たったひとり私に祈願をした者がいる。多くの兵士たちと王族の命を差し出すから、その代わりに自分を王にしてくれ、といった祈願だ。私はころあいよく来たこの祈願をひきうけてしまったのだ」
なんと、タナトスをけしかけた(祈願した)者がいたのだ。神をけしかけるって恐れを知らぬってこのことか。
ケーン!
サラマンドラがひと声鳴き、タナトスの前で羽ばたく。
「シビック市長が黒幕だ……。奴め、私を利用しようってとんでもない男だ……」
そう言ってタナトスは両手をあげるとこのように叫んだ。
「死の神、タナトスにおいて命ず。戦争疑惑は全くの虚偽である。直ちに国境付近にいる兵士たちと冒険者たちは撤退せよ。両国にいかなる争いの嫌疑はない」
その声は教会内だけでなく、人々の脳内へ響き渡った。物理的に聞こえるのではなく、心理操作みたいなものだろう。
不思議と空気が変わったような感じで、柔らかな、そして温かな風がそよぎだす。
するとどうだろう、タナトスの姿が変化していくではないか。
「おーっ!」
次々起きる事象。今度はタナトスの変化だ。その場の人々はどよめき、じっと変化を見つめている。魔獣のようだった死神タナトスは人の形へと変わっていくではないか。白く透けた肌に長い髪。それでいて周りに空気を張り詰めさせるほどのオーラ(この言葉が適切かどうかは知らん)が伝わってくるほどの何かの力。
「タナトスはメタモルフォーゼしたみたいね」
私の言葉に頷くアルフォード。そうなのだ、これはタナトスが目指していた神格向上だ。多くの人々の命を犠牲にしなくてもちゃんと自らの行動でメタモルフォーゼをしたのだ。
自分の姿の変化に一番タナトスが驚き、再び涙を流しだした。でもこれは悲しい涙ではない。喜びの涙だ。
「おお……有難いことだ。私は死の神だけでなく、再生の神の力を得た。この姿は死と再生の神の象徴だ……」
タナトスはそう言って天を仰いだ。いつも暗い冥界にいたタナトスが日の目を見た一瞬だろう。タナトスの言う再生とは何か。私はふとタロットカードの「死」のカードを思い出した。失うもの、得るものは表裏の関係だ。死は新たな生の始まりで、命だけではないことを語っている。
そんなタナトスに自然を歓声をあげながら拍手をする私たち。神様に向かって拍手だなんて馬鹿にしているのではないのよ。それだけメタモルフォーゼをしたタナトスを祝いたかっただけ。
「今度会うときはお前たちが冥界へ来るときだ。その日を私は楽しみにしているからな」
そう言ってタナトスは私たちの前から消えていった。
楽しみにするなんて有難いような有り難くないような……。
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