2章9攻撃は説教ですか①
どの様な立派な寺院仏閣でも、そこに祈りがなければ只の箱もの。負けるな、そしてしたたかにやっていこう。
ラミアを討伐しただけでなく改心させたことでダンジョンの案件は無事に達成された。しかし国境付近に兵士を集める原因となっている、互いに領土侵犯をしてくるという懸念は誰が流したのだろか。国王にしてもそれを疑いもなく信じて兵を派遣していることが不思議でならない。
「互いの国の国王を操っているとみていいだろう。こんなことをするのは人間じゃない。広範囲の人の心理操作をすることのできるもの……魔物としかいいようがない」
やさぐれ冒険者のジムニーがまともなことを言う。ジムニーはやさぐれ冒険者たちの中でもリーダー的存在であり、私たちとダンジョンへもぐって案件を達成したことで信頼関係ができていた。というより、どうも私の背後にセリカを感じているのかもしれない。だからといって私は俺TUEEEじゃないし無双でもないから期待されても困るのだけどね。
このジムニーの見解には私たちも同じ考えだった。
「俺たちに魔物を相手して戦う力はあるのか?」
アルフォードの問いに口角をあげるジムニー。そしてその視線の先には私だ。……だから私はセリカじゃないって!
「アルフォード、私たちがここへ来た目的は何が起きているか探ることだよね。魔物討伐じゃないわよね。本業(宿屋)もあることだしこの国の状況がわかったのだから、さっさと帰りましょ」
飲み会のせいで遅い朝食をとっていた私たち。だが、そんなことを言うのは私だけだった。ギルド内の誰もが中途半端な状況で終わりたくないという顔だ。特にやさぐれたちは、名声とお金を欲しがっており、これが良い機会だと考えているらしかった。
「シビック市長、私たちの案件はラミア討伐で終了よね。帰っていい?」
宿屋のことが心配で、用件が済んだら帰る気満々の私は宿泊代を清算するとシビックに尋ねた。ざわつく冒険者たち。
「確かに今回の案件はラミア討伐で終了していますが……お帰りですか。もちろん引き留めはしませんが、魔物と聞いて逃げ帰ったという噂が立ちますよ。本当に魔物がいるかどうかもわからないのにお逃げになるんですか」
とまあ、妙にそそるようなことを言う。ほんまに駆け引きじょうずな政治家だ。
そうなると何か魔物の根拠が必要だと思い、私はミラを含むその場にいた魔法使いへ、こう聞いてみた。
「ジムニーやシビック市長は魔物の存在を言っているけど、そんな気配って感じるの?」
そうなのだ。どこにいるか、本当にいるかわからないものの話をしても始まらない。
魔法使いたちは目をつぶるとしばらく時間を置いた。マリスの肩ではサラマンドラが首をうねらせて何か察知しかけているようだった。
「……かなりの強大な魔力を感じます。これは魔法使いではありません。魔物の魔力です。……そしてこのギルド内からもその波のひとつを感じます」
ミラの言葉に冒険者たちは非常に驚き、顔を見合わせる。
「な、なんだよ。このギルド内に魔物がいるのか」
ここの冒険者たちはラミア討伐に加わった宿屋パーティーとやさぐれ冒険者たちである。そんな魔物なんて考える由もなかった。それよりも強大な魔力って何だろう。ラミア以上の魔物ってことか。
「却下、却下。そんなもん私たちの仕事じゃないわ。上級冒険者に任せたらいいのよ。少なくとも宿屋パーティーの相手じゃないわ。じゃ、やさぐれ連の皆さん、お後よろしく」
私はもう早く逃げたかった。心の中では『冒険者なんて本業じゃない、専門じゃない』と自分に言い聞かせていた。しかしそんな私を諫めるようにマリスの肩で首をうねらせていたサラマンドラがひと声鳴いたのである。
ケーン!
そしてバサバサと飛び立ったかと思うとギルド内を飛んで回った。あ……だめだ。サラマンドラが何か察知してしまった。サラマンドラの察知能力は24時間どこにでもというわけでなく気まぐれであり、人がさっさと帰ろうと思っていたタイミングで察知されて、帰るに帰れなくなってしまった。
「ほらな、サラマンドラは正直だぜ。サラマンドラが誘ってくれるさ」
マリスが言うと、サラマンドラはいったんシビック市長の頭に脚をおろし、そのまま彼の頭を蹴飛ばして飛びたった。いきなりのことでシビック市長は驚き、頭をに手をやった。
「なんてことをするんだ。使役の躾がなってないぞ!」
憤慨するシビック市長。そりゃそうだ。ご、ごめーん。あ、でも正直なサラマンドラはシビック市長をよく思ってないのかもね。
その後、私たちは準備を済ませると再びギルドを後にした。サラマンドラは私たちを導くかのように少し先を飛んでいる。この冒険者の行列では私とやさぐれたちが先になって歩んでいる。プリムスの恩恵を受けた私や、女神パイディアへの信仰心を持ち合わせていないやさぐれたちは、パイディア不在の影響を受けないという見解ゆえのことだろう。そんなわけでパイディアを信仰している人々に対してはミラが干渉阻害の魔法をかけてくれた。いやさ、パリンができない魔法をこうもポンポン使われると腹が立つのよね。パリンを馬鹿にされた様な気がするもん。
しばらくするとサラマンドラはある地点で旋回をしてひと声鳴いた。
ケーン!
サラマンドラが旋回した地点には大きな教会があった。……大きい。ジムニーの話ではパイディア教の総本山ということだ。確かに建物は大きいけど全くもって荘厳なとか、神々しいとか、神気溢れるとか感じられない。素人の私でもわかるレベルなのだ。
理由は明らかだった。
その教会はすでに無人化している教会だった。やさぐれたちの話では、かつては信者が押し寄せてとても賑やかくて大きな教会だったが、いつしかご利益がまったくなくなり(女神不在の件は、信者はもちろん見えない世界なので気が付かない)そのせいで参拝や寄付も激減した挙句に教会の司祭ともども運営の人々がいなくなった。その結果が荒れ放題だ。女神パイディア、さっさと出てきて信者を助けろや!ほんっとに女神パイディアには腹が立つ。
そんな私の思いを他所にサラマンドラはずっと教会の上を旋回している。信者のよりどころであり聖域でもある教会の上をサラマンドラなる妖獣が飛ぶなんてシュールだろうな。
「あの教会に何か潜んでいるってことだ。しかも大物だ。……お前たち、ここまできておじけづいたなら今のうちにしっぽをまいて帰んな。俺たちは冒険者の中でもよく思われてないやさぐれだ。ここで名をあげて見返してやりたいものは一緒に行こうぜ。何たってセリカもいる。セリカがいれば怖いものなしだ」
ジムニーがそう言うと皆が私の顔を見つめた。
違うって!そんな目で見ないでよ。
「私はセリカじゃない、サユリよ。あてにしないで」
私は彼らから目を背けた。仮にセリカがいたとしてもどのような魔物かわからないのに、いきなりつっこむなんて無謀すぎる。だが、やさぐれたちは根底に自己肯定感の低さがあるので、どうも投げやりになっているようだ。
前へ、前へ、教会の敷地へ入り建物を目指す。そう、まるで糸で引っ張られているかのように私たちは導かれていく。
サラマンドラは降りてからずっとマリスの肩に止まって首をうねらせている。察知しているのは明らかだが、正体がわからないのは怖い。
誰もドアに手を掛けないのに勝手に観音開きのドアがゆっくりと開き、中から風が通り抜けていった。ああ、これってラミアのときと同じだ。明かりは高窓から入る光ぐらいである。きっと魔物には蝋燭や明かりの火など必要ないのだろう。
奥にはうっすらと大きな女神像が。干渉阻害の魔法で守られていなかったらきっと信仰心をつけ込まれただろう。それぐらい有難く思うほど美しい女神像なのだ。女神パイディアに会ったこともないだろうに、これだけ立派な教会を建てて広大な敷地を所有していたのだから人々の信仰心の厚さがわかる。しかしそれが今全くの無駄な不動産となっており、神不在となればどんな神域もただの空き家なのだ。
干渉阻害の魔法で守られた私たちは高窓から入る光を頼りにあたりを見回した。この光は太陽の光なのだが、他の光に思えてしまうほど違和感がある。
サラマンドラは先ほどからマリスの肩で首をうねらせてはある一点を見つめていた。
ケーン!
とうとうサラマンドラが飛び立ち、女神像の頭に着地する。
「何だよ、驚かせやがって。適当に鳥のまねごとをするんじゃねえよ」
やさぐれたちはサラマンドラが何かを察知して自分たちを導くものと思っていただけに、サラマンドラの動きの注視が無駄になったことで文句を言いだした。
「文句を言うのはまだ早いぞ。……サラマンドラは何かを教えようとしているんだ。何かが潜んでいることは確かなんだ」
パリンからサラマンドラを引き継いだマリスは、サラマンドラの動きの意味を理解している。
「うわっ!」
それは突然で一瞬のことだった。何かが割れた音がしたかと思うと私たちの体に重たい空気が落ちてきた。うまく言えないが、体が急に重たくなったのだ。
「干渉阻害魔法が破られました!気を付けて!」
ミラと他の魔法使いが再び干渉阻害魔法を掛けようとするが、何かの力によってそれは拒絶され、ふたりは床へたたきつけられてしまう。
大慌てでふたりを起こすやさぐれたち。
「……とても……とても強大な魔力です。私たちの魔法が無効化されてしまいます……」
ミラの言葉にやさぐれ冒険者たちは、自分たちが向かっている何かの怖さを思い知る。顔の表情が変わり、今にも泣きそうな顔になっているのだ。
「こいつは……ラミア以上の魔物かも知れん……。逃げた方が良さそうだ」
ジムニーはそう言って撤退を決める。その言葉に冒険者たちは扉へ急ぐ。
だが、先ほど勝手に空いていた扉は鍵を掛けられたかのようにびくともしない。私たちはこの教会に閉じ込められてしまったのである。
このタイミングで薙刀が輝きを見せた。それとともに唸る音まで聞こえる。それだけでなくアルフォードとマリスの剣も輝きを見せている。
「サユリ、セリカの力が発動したのかもしれません。レア素材のアルフォードたちの武器も神の力を宿しているわけではありません。」
わたしよりも年下の若い娘だというのにミラは私を勇気づけようとしてくれる。自分も怖くないわけないだろうにそんな言葉を掛けられるほど気遣いできる子だ。
「あ、ありがとうね……」
私はそう言うと薙刀を手に構え、少しずつ女神像へ向かっていった。ああそうだ。サラマンドラは女神像になにかあると教えているのだ。
ケーン!
再びサラマンドラが鳴いて飛び立つ。すると目の前の女神像がまるで煙でできていたかのように消えたではないか。
「出るわよ……」
ラミア以上の魔物だと聞いて私は体が震えてきた。それを支えるかのようにアルフォードとマリスが私の側に並ぶ。
消滅した女神像のあたりからうっすらと何かの影が見える。それとともに私たちの周りの空気が冷え、体は正直に反応をして体温を下げていく。
こういうのを単に寒いというのは違うだろう。そう、悪寒だ。実際の寒さ以上に何かを感じているのだろうか。
影は徐々にその姿を露わにしていく。影から実態へ、私たちをさらに恐怖をおとしめる巨大な実態へと変わっていった。
そいつは黒くて大きな翼をもっているが、天使の翼とは全く異なるものだろう。黒々とした肌は人の肌ではなく獣の肌のように薄っすらと毛が見える。東北のなまはげのように振り乱した髪の毛と目玉のない目付き。その目の奥は私たちの視線を吸い込んでいくようだ。
そいつは天井近くまで大きくなると私たちを見下ろした。こんなもの、恐怖以外の何物でもない。
「こいつは……やばい……」
隣にいるアルフォードが小声でつぶやいたのを聞いて、私の恐怖心が増した。
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