2章12サニーと乙女サユリ
サニーのくだりを書いていて、ふとシルバー人材センターのことを思い出した。シルバーさんは仕事をリタイアされた方々なのだが、技能や資格を所持したり、体力や時間が有り余っている方々なのだ。障子貼りや草刈りなど業務内容は多岐にわたる。
サニーもようやく日の目を見ることに。
宿屋の広い庭へ降り立った怪鳥サラマンドラ。いやさ、ご近所の爺さん婆さんを含め、何事だろうと集まってくる。それだけエウルス国との国境封鎖は事件がなさ過ぎて退屈だったのかもしれない。これではサラマンドラを元に戻さねば見世物状態である。ミラは、拡大魔法は初級だと言っていたが、そんな初級魔法でさえ使う者のいない宿屋パーティーの唯一の弱点だ。
ふたつの長い首と頭と8本の長いしっぽを持つサラマンドラを恐れることなく、見物人たちは眺めている。確かにね、攻撃してこないサラマンドラはただの珍しい生き物だ。
だけど、これじゃ困るのよ。大きさが元に戻らないということは不都合なことが多い。
「サユリ、餌が全く足りません!もうないんですか。後は人間の食材しかありません」
サラマンドラの餌集めに奔走しているリンリン、ランラン、カンカンは宿屋業務をする暇もない。この悲壮な状態をどうしたものか。
国境へ駆り出されていた冒険者たちも戻ってきてはいるが、すぐにお金稼ぎのため討伐案件に挑んでおり、かわいそうな宿屋パーティーのことなど気にかけてくれない。
怪鳥となったサラマンドラの食欲は半端なく、よく食べる。
これじゃ、赤字となってしまう。いっそ、見物料でも取るか……。
冗談でも本気にしたいそんな思いでサラマンドラを見つめていたとき、なんと救い主が現れたのだ。
杖をつきながら少し腰をかがめて歩み寄ってきた高齢の老婆。ご近所でひとり暮らしをしているサニーだ。ときどき様子伺いの為に居酒屋で作りすぎた料理をおすそ分けして持って行っていた。この世界でも独居老人の心配があり、ご近所同士で見守りをしていた。
人は誰だって老いていく。この高齢のサニーは一番の長生きだ。元居た世界で読んでいた異世界小説では、魔法使いの寿命はニンフに次いで人間よりはるかに長いと表記されていたが、この世界の魔法使いは人間が魔法を使うというだけなので寿命は変わらない。だから同じように年齢を重ねていく。
「この怪鳥を元に戻さないのかい。いつまでもこのままでは怪鳥もかわいそうじゃないかね」
サニーはサラマンドラを見上げると目を細めて言った。
「元に戻したいのだけど……わけあって魔法使いが不在なんです……」
魔法使い不在のパーティーなんて恥ずかしくて言えたもんじゃないが、仕方ない。
「元の大きさに戻せばいいのじゃろ?それぐらい私だってできるよ。まあ、みてみなされ」
そう言ってサニーは杖をかざすと曲がっていた腰を伸ばしてこう叫んだ。
「レデュシオ!」
この一言で瞬く間にサラマンドラは元の大きさにもどっていった。
ああ、有難いことだ。食欲の怪鳥となっていたサラマンドラは、妖獣サラマンドラへ戻り、マリスの肩にちょこんと飛び乗った。
だが、この様子に見物人たちからクレームが次々ときた。
「なんだい、せっかくいい見世物を楽しんでいたのに余計なことをしやがって」
「あんたは老害なんだよ。そんなところで注目されたいのか」
「俺たちの楽しみを返せ、ばあさんよ」
等々……。私たちを助けてくれたのに散々な言われようである。さすがに私も黙っているわけにいかなかった。
「あんたたちは見ているだけだったでしょ。それなのに好き勝手なことをよく言えたもんだわね。このサラマンドラは宿屋パーティーのアイドルなのよ。アイドルは怪獣であってはならないのよ」
とまあ、私もわけわからないことを言ってしまったが、餌代がかかるからと言ったら餌代を寄付するから大きくしろ、と言われるのがオチなのでそういうしかなかった。
「アイドル?宿屋には若い姉ちゃんが3人もいるじゃないか。今更サラマンドラをアイドルだなんて言っても響かねえぜ」
相変らずぶつぶつ言っている見物人たち。
仕方ないのでこう言ってやった。
「じゃあ、こうしましょう。それ以上文句を言ったらうちの宿屋アイドルの3人に接近禁止。居酒屋も出禁にするけどいい?」
私のこの一言は効いたようだ。文句を言っていた者たちは次々とその場を後にした。
リンリン、ランラン、カンカン、ありがとう!
彼らを見送るとあらためてサニーにお礼を言う。
「助けてくださって有難うございました。サラマンドラを拡大してくれた魔法使いが仲間のもとへ帰ってしまったものですから元の大きさに戻せなくて……」
「困っていたようだからのう。私だっていつも気にかけてくれるから何かお礼をしたかったまで。あれぐらいの魔法ならこの老いた身でもできる。私だって若いころはパーティーへ入り、多くの討伐案件をこなしたもんだよ。残念ながら老いてしまって追放の憂き目にあったのさ。まだまだ役立てるのに……」
そう言ってサニーは深くため息をついた。
どこの世界も同じなのだ。元居た世界では老人は人生をリタイアした感じでみられてしまい、老人施設に入っている利用者たちを何となく憐れみの目で見る者もいる。だが、彼らは間違いなく歴史を作ってきた先人であり、後輩である私たちが尊敬の念をもって接するものだと私は思っている。尊敬する母方の祖母……この世界へ転生してセリカとなっていた……の姿を思い浮かべながら、サニーに対する彼らの言葉をひどく理不尽に思っていた。
このやり取りを聞いていたアルフォードがサニーに手を差し伸べる。
「サニー、俺たちの魔法使いは進学して留守なんだ。卒業まで帰らない覚悟で行っており、魔法使いが不在で困っている。そこでだが……もしよければうちのパーティーを手伝ってもらえないか」
ああ、やってくれるじゃないの。アルフォード、その言葉を待っていたわ。
「そうかい……私に仕事をさせてくれるのかい。あんまり素早い動きはできかねるが、ぜひとも役立たせておくれ」
サニーは満面の笑みだ。自分を頼ってくれる人がいるだけで、体に芯が入ったような気になる。責任という芯だ。年をとったというだけで社会から引退を突きつけられてしまうことで社会参加がほとんどできなくなってしまう。だけどサニーのように人生経験豊富な老人を活かさない手はない。そして老人だからと言って子ども扱いもしない。元居た世界では、利用者である老人を子ども扱いし、童謡や唱歌を歌ったり、塗り絵や子供みたいなゲームで時間を過ごさせている施設があった。あれは一種の虐待だと思う。老人たちが一番輝いていた時期にそんなことをしていたか、考えていないのだろう。
ともあれ、こうしてご近所のサニーは一時的であるがパリン不在の穴を埋めてくれることとなった。有難いことだ。
宿屋を留守にしていた間に私の業務がたまりにたまっていた。宿屋の事務業務諸々片付けることがたくさんあった。国境封鎖が解除され、エウルス国との国境を越えて多くの人が流入しだした。宿屋と居酒屋にお客が戻ってきたので本当にありがたいことだ。ただ、冬とあって洗濯物がなかなか乾かない。階下の暖房の温もりが洗濯干し場へ上がってくるようにしてもらったが、それでも直ぐに乾くというものではない。客たちがチェックインする前にサニーのお世話になる。じゃあ最初から魔法で異世界小説のように魔法で何とかすればいいじゃんと思われるかもしれない。ただ宿屋は魔法使いが不在だし、例えば衣類乾燥機のような工作系のことはパリンに残しておきたかった。だってパリンは工作系の魔法が得意だったからね。それに何でもかんでも魔法で解決しようとするのもどうかなあ、と考えてしまう。やってみて、達成するのにあと少しの力が必要とされるなら魔法もありなのだろうと考えている。人間、努力しないで楽チンすると堕落するのよ。
サニーは次の日からアルフォードたちといつもの森の往来モンスター狩りへ出かけた。
国境封鎖の影響で往来は手付かずになってしまい、何とモンスターの出没が頻回に起きていた。今でも国境封鎖は迷惑なことだと思う。
「久し振りにいい仕事をしたよ。あんなにモンスターと遭遇するとは思わなかった。しかも弱小モンスターだったはずなのに進化している。俺たちの武器がレア素材とはいえ、数で来られたらたまったもんじゃないからな。サニーが回復魔法をしてくれなかったら、今ごろ俺とマリスは森で倒れていただろう」
寒い冬であったが相当な活躍をしたのだろう。アルフォードとマリスはまだ汗が引いていないようだった。
「いやいや、いい仕事をさせてもらったのは私の方じゃ。久しぶりに魔法を存分に使ったからのう」
サニーはアルフォードたちよりも元気がいい。疲れよりも達成感にひたっているからか。
「サニーの攻撃魔法もなかなかだったぞ。俺たちの武器のブースト効果以上だった。やはり魔法はすげえな」
居酒屋のイスに深く持たれているマリス。そこへリンリンとランラン、カンカンがタオルとお茶を持ってくる。
「役立つことができてうれしいわい。これで若かったらもっと良かったのに」
そういうサニーだが、活躍していることが何よりの若さじゃなかろうかと思う。これだけまだまだ役立つのに年を取って機敏な動きができないからって不要物扱いをする社会はとても理不尽じゃなかろうか。サニーがいたパーティーのメンバーも年を取ることは避けられない。話を聞くに、アルフォードと同年代だと思われる。明日は我が身って言葉をおくってやりたいわ。
リンリンはマリスが無事に帰ったことで思いが溢れたのだろう。とにかくマリスの側へ寄ろうとしている。まあ、若いんだし客の迷惑とならないようにやってくれたらいい。私がアルフォードにそうするかって?いいえ、キャリアを積んだおじさんおばさんはまだ冷静なのよ。ってこんなところでアルフォードへの思いを言わせないでよ!
怪物ラミアの魔力から守るためアルフォードを抱きしめたときの感触がいまだに残っている。
乙女サユリは言葉に出さないけど……アルフォード、愛しているわ。
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