2章7セリカ
昭和の車に詳しい方は、車の名前があちこち使われていることにお気づきでしょう。冒頭のダブルエックスは当時トヨタのセリカXXとダイハツのミラTRーXXを名づけのヒントに、そしてスープラはセリカXXの輸出モデルの名前です。アメリカでは、XXが成人映画のランク付けに使用されるため、スープラと名前を変えたそうです。
ミラの言葉に薙刀をラミアへ向けた私。先の読めないことに不安だらけだ。でも、ここへきてさすがの私もわかった。全身からみなぎるものがあり、私を包んでいるのだ。これってなんだろう。
このみなぎる力が最高潮へ達した瞬間、ミラと私がある言葉を発した。
「行け!ダブルエックス!(XX)」
「行け!スープラ!」
自分も言っていてなんだけど、ミラが言っているダブルエックスって何よそれ。と、私自身もわけわからない『スープラ』なる言葉を言っており、深く考える暇はない。
私は赤く光を帯びた薙刀を手にラミアの胸元へ飛び込んでいくではないか。まるでピアノ線に体をつられた舞台俳優のようだ。そう、体が自然と跳んだのである。そのまま薙刀はラミアの胸元を切り裂いていく。
「ギャアーッ!」
ラミアの悲鳴のような咆哮がダンジョン内に響き渡る。体液が飛散り、一瞬たじろいだ冒険者たちは兵士たちとともに一斉にラミアへ攻撃をしていった。先ほどは上手く逃げたつもりのラミアも、薙刀に大きく体をえぐられて反撃できないようだ。
ドサッ!
ラミアが倒れ込む。もはや虫の息だ。こと切れていないので、まだ周りの人々は様子を見ている。そして私はあることに気付き、ラミアが隠れ潜んでいたあたりを探った。そこには無数の人骨があった。それも小さな人骨……子どもの骨だ。
「こいつは本当に人を喰っていたみたいね。近隣諸国からさらってきた子どもを喰ったんでしょう。鬼畜と言ってもいいすぎじゃないわ」
そう言って私は薙刀の刃をラミアへ向けた。子どもが突然姿を消す神隠しとはこれか。
「さあラミア、覚悟なさい」
周りの人々は私がラミアのとどめをさすと思ってじっとみている。
私の言葉を理解したラミアはすーっと一筋の涙を流す。怪物でも感情があるということだろう。
「やめなさい!」
涙に臆することなく薙刀をふろうとしたその瞬間、ある声が私の体の動きを止めたのである。それは女性の声だったがミラや他の冒険者の声でもなかった。誰の声かと思って見回したが、思い当たる人物はいない。この声は周りの人々にも聞こえたようで、彼らもその声の主を探してきょろきょろしていた。
「ラミアは元々人間でしたが、ひどい裏切りにあいここで命を落としました。その無念の心が蛇と繋がり魔物になり、人だったときの記憶と人への恨みが交差して思い余って人を喰ってしまったのです。今、ラミアは深い悲しみと後悔のなかにあります。ラミアに手をかけてななりません。もうラミアは人を襲いません。そのような感情は薙刀によってすでに消えております」
謎の声に魔法使いたちはラミアへ向けて魔法を放った。回復魔法である。
「元が人間なら、人間のように回復魔法が効くはずです。この声はラミアを救えってことです」
ミラは皆にそう説明をした。
謎の声が何かわからないし、ラミアを回復させていいものかもわからない。それでもこの謎の声に魔法使いたちは術を使った。
回復しつつあるラミアを見て私はあることを思い出した。鬼子母神の話である。
子どもを喰って村人を恐怖に貶めた悪い女神は、お釈迦様に諭されてその後人を喰うことをやめ、子どもと安産の守護神『鬼子母神』として崇められるようになったという話だ。確か人を喰う代わりにザクロの実を食べるようになったそうだ。
「話を聞けば確かにラミアは被害者だともいえるけど、それじゃ喰われた子どもたちの魂は救われないわ。それを許せっていうのは虫の良すぎる話じゃないの」
子どもたちの無数の骨を見つめて私は言うべきことを言う。子どもたちの親もそう言うだろう。
「子どもたちの魂は親元へ生まれ変わって帰っていきます。ラミアを許したことによる神の祝福です」
謎の声がすると何やら光の渦が大きくなり、そのままダンジョンの外へ抜けていった。
「なるほどね……」
光を見送ったわたしたち。あれはきっとここで亡くなった子どもたちの魂だろう。親元に転生することでようやく救われるわけだ。光を見送ったそばでは回復したラミア。そのラミアをみてミラは私にあることを指示していた。
「サユリ、ラミアにもう悪の覇気はありません。そして……あなたには何かまだ仕事が残されているようですね」
もうミラが何を言っているのか深く考えることもできないままだ。ずっと薙刀の力に振り回されてわけわからんちんが続いている私は、返す言葉もない。しかし確かにミラのいう通り、このままでは終わらなかった。
薙刀に操られ状態の私は光を放ち続ける薙刀をゆっくり振り、大きく円を描いた。これはどう見ても攻撃の構えではない。何だろう……。
「レナスケレ・クストス・プエロールム……。ラミア、子どもたちの守護神として生まれ変わりなさい」
私の言葉(正確には無意識に言っているので私の言葉といっていいか、わからない)に幾筋もの涙を流したラミアは回復したかと思うとなんと私たち多くの観衆の前でメタモルフォーゼしたのである。
ええっ?何がどうしてこうなった?
あのおぞましき蛇女はなんとひとりの女性の姿に変化した。しかも美しくて神々しさのある女性の姿だ。ネチこい蛇の要素なんかない。
「改心したラミアは今後、罪の償いをしながら子どもたちの守護神としてこの地へ残ります。サユリ、あなたがここへ来ることを心待ちしておりました。私の意思を継ぎ、私ができなかったラミアの改心をあなたはやり遂げたのです。……久しぶりね、サユリ」
声とともに何かが姿をあらわした。そしてその姿をみて私は涙がとまらなかった。
「おばあちゃん!」
目の前にいるのは薙刀を手に凛とした姿て立っている母方の祖母だ。若返っているがその顔は私が影響された祖母だ。懐かしくて懐かしくて懐かしくて……そのまま祖母の胸に飛び込んだ。ひとりで異世界へ放り込まれ、寂しくなかったといえば嘘になる。まさかこの世界で血のつながる祖母に会うとは思ってもみなかった。今までの思いが涙となってとめどもなく溢れた。
「セリカだ……セリカが見守ってくださったぞ」
人々の声が聞こえる。
セリカじゃないわ、おばあちゃんよ。若い女性のようにみえるけど、私のおばあちゃんよ。会いたくてたまらなかった大好きなおばあちゃんなのよ。私は彼らの声を自ら消すかのように祖母の胸に顔をうずめて泣いた。
「サユリ、私はセリカとしてこの世界へ転生したの。そりゃあもう子どものころから夢見つつも一生縁がないと思っていた冒険の世界でいきることとなり、薙刀をふるい、悪者や魔物を討伐して人々を守ったの。だけど、どこかで自分を見誤ってしまったのね……慢心が不注意を呼び、それによって私はラミアを前にして命を失った。ラミアは私を食べたことで人肉の味を覚え、弱い立場にある子どもたちをさらっては喰っていたの」
「じゃあ、おばあちゃんもこの後、転生するの?」
私の問いに祖母は悲し気な表情を見せる。
「結果的にラミアをこのような人を喰う魔物としてしまった私の罪が許されるまで私は転生をすることはないの。だからこれからもずっとサユリを見守っていくからね……」
そう言って祖母は私をぎゅっと抱きしめてくれた。なんて温かい感触だろう。確かにここに祖母がいる。
「さよならね……。その薙刀は私の力を呼ぶことができる。魔法とは言い切れないけど、転生の際に神様からいただいた力なのよ。血のつながりは力の継承を可能にした。だからあなたはここへ、私のもとへ導かれた。おごることなく、自分の役目を全うしなさい」
祖母の肉体の感覚がだんだん薄れていく。まるで空気を抱くかのような感触に代わり、それが永遠の別れであると知った私は子どものように泣き崩れてしまった。
「おばあちゃん……せっかく会えたのに……私はまた一人になってしまう……」
消えてしまった祖母の形跡を探すかのように、何もない空間に手を伸ばす私。
「サユリ、おまえはひとりなんかじゃない。仲間を忘れてくれるな。セリカがお前を大事にしていたように俺もお前を大切に思っているからな」
私の手を取ったのはほかならないアルフォードだ。祖母と同じようにアルフォードの手のぬくもりが伝わってくる。
そうだ……この世界へ放り出されるかのように転生したばかりのころ、孤独と空腹に苛まれていたとき、私を救ったのはパリンの手と豚まんのぬくもりだったではないか。
ようやく落ち着きを取り戻した私にアルフォードたちは笑顔で迎えてくれた。
「これでなぜこのダンジョンが空き家状態となってしまったか謎が解けたぞ。ラミアはいわゆるダンジョン荒らしのような魔物だったんだ。奴がダンジョンのモンスターを一掃して自らが住み着いた。きっとラミアを恐れて下級のモンスターも現れなくなったのだろう。餌に困ると他のダンジョンを探してまた乗っ取っていた。正直、こんなせこい魔物は魔物らしからぬ存在だ。全く、改心して正解だったな」
冒険者のリーダーとして今回の討伐グループをまとめているジムニーはほっとしたようだ。もちろん、それは冒険者だけでなく兵士たちも同じことだ。
「それにしても……サユリはいつから魔法を使うことができるようになったんだ?」
そうなのだ。それは一番の謎である。私は全く魔法を使うことができない。なぜあんな知らない言葉を発したのだろ。それでもミラの魔法と共闘できたということはあれも魔法の呪文だろうか。しかもダブルエックスって何なんよ。わたしだってスープラなんて叫んでいたし。もしかしたら方言なのかな。
「あれは魔法のようにみえましたが、サユリには魔法使いとしての素養や魔力はありません。セリカが言っていたように、あれはセリカがサユリを導いたことによる力の継承といっていいでしょう。もう一度言いますが、サユリに魔力はありません。だから魔法を使ったときの言葉も違っていた。でも結果的にそれは効力を発し、ラミアを倒すことができた。今やサユリはセリカを継承したひとりの人間です。肉体を失ったセリカの意思と力はサユリに宿っています」
ミラがそのように言うと周りで歓声が上がった。
おおーっ!セリカがここにいる……。素晴らしい……等々。
「違う……違う。私はセリカじゃないわ。セリカはおばあちゃんよ。私の大好きなおばあちゃんよ。だから私はセリカじゃない……セリカになりたくない」
自分がセリカの力を継承したとはいえ、祖母に会うことができない悲しみと祖母の生きざまが私をぐるぐる締め付けている。認めたくない、認めたくないのだ。
「サユリ!……セリカはいつもお前と一緒だ。それを知っているのはお前自身のはずだぞ」
半ば混乱している私にアルフォードが言葉をかけてくる。こんな状況で余計な心配をさせてしまった私は、しばらく自分自身をふりかえる。セリカのことはどうしようもないことであり、認めて受け止めなければならない事実だ。ここで立ち止まってしまったら先へ進めない。
無言のまま頷くと、私は守護神として変化したラミアの前へ立った。
「ラミア、再び命を頂いた意味をよく理解し、これからは守護神として子どもたちを守りなさい。二度と人を襲ってはなりません。もし人を襲えばあのおぞましい姿へ舞い戻ってしまうでしょう。そしてその呪いが解けることはない。罪を償うためにも子どもを守るのがあなたの役目です」
ラミアへそう話したものの、言葉を出さないラミアは深く頷くだけだった。そして理解したラミアはフッと私たちの前から姿を消したのである。
ともあれ、ダンジョンの異変についてはこれで解決した。だが、そもそも私たちがここへ来た目的は果たしていない。
次の問題は例の国境である。
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