流転
「陛下。人払いを願います」
とエルスが言った。
王は内務大臣と将軍だけを玉座に呼び寄せ、しばし話し込んだあと、ローブを翻して片腕を上げた。
各々が散っていき、広間には我々と、大臣、将軍、そして王だけが残った。
「二人のことは柱とでも思ってくれればいい」
全員は外せないということだろうか。
「柱と言わず、枯れ木と思っていただいて結構ですぞ」
大臣は笑って髭をいじった。外征将軍はひと言もしゃべらなかった。
「して、腹を割って話そうではないか」
王はそう言って、やれやれと王座に就いて肘を立て、頬杖をついた。
「とはいえ、儂から腹を割るべきなのだろうな」
ひとつ咳払いをして、言葉を選ぶような、逡巡するような素振りで口を結んだ。
そしてこう切り出した。
「ティゲルから降りたいということで間違いないな?」
王が私を見据えた。私がすぐに答えない代わりに、アーヴィングがうぐっ、と呻いて、また鼻をすすった。
「正直に言えば、我が国としては困る。不動のティゲルは邪竜を前に一歩も引かず、勇者らは勇ましく帰還したのだ。精悍な表情でな」
「仰せられること、分かります」
「銀の像も既に発注しておりますでな。エルス殿ご一行の名も入れて」
「其方の軽口は本当に治らんの。しばし慎め」
窘められて内務大臣が引っ込む。真の意味で豊かな国であると思った。
ここで生きれば、静寂に還るまでを安寧のままに過ごせるだろう。
「師範代ではだめか。ティゲルを教練所に招いたとなれば我が兵の士気も上がろう」
背の引き攣れが裂けるように痛んだ。
はっきり言えば、ティゲルとして武勲を重ねることは私の誇りだった。称揚されればまんざらでもないし、感謝されれば嬉しかった。私の言葉で人が動くことに、冷たい快感を覚えることだってあった。
「私にはもはや、背負えぬ荷です」
だから、そのまま生きていけたらどれだけ楽だろうと思った。
「宿命は宿命に還る。其方の宿命は不動の武勇と正義を知らしめることではないか」
「どれほど重く実った麦穂とて、穂のままではいられません。落ちるでなければ、パンになるか、スープになるか」
「エノオラ神の授けた宿命が変幻するというか。先王に授けられた宝剣をも」
「先王は籾となったのです。陛下という実りのために」
ふむ、と王は呟いた。
「エルス殿たちはどう考える」
「トーマソンの意のままに、と願う所存です」
エルスは言った。
「エノオラ神の加護と導きが彼に舞い降りたのです。私はそう思います」
続いてアーヴィングが。
「……わたしには、分かりません。どちらが痛いのか。身体が痛いのか。精神の痛みなのか。そのマナがどこに――」
そこでニナは口をつぐんで涙を拭いた。
彼らを見て、やっと、本当に、心が決まった。
「私は彼らの荷でありたくないのです。私に割く心を、彼らの宿命のために使って欲しい」
王はため息をついた。
「叙勲は取り消す。報奨金は四等分にせよ。ティゲルは先に旅立った。トーマソンは祝賀への参加を許さん」
鼻の奥、未だに汚臭に塗れた鼻腔が沁みるようだった。
私は彼らと戦うのが好きだった。
「宿命が流転する旨の言葉、重く受け止めた。祝賀は明日に延期する。今日は城中で休まれよ」
「ご厚意、痛み入ります」
王と、側近2人が退室した。エルスが私の両肩を掴んで、ありがとう、すまない、と言った。




