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水差し

 その日、皆で夕餉を囲んだ。

 王城のパンは柔らかく、私は酸林檎とジャガイモのスープに浸して食べた。

 皆言葉は少なかった。エルスがブドウを食べすぎて窘められたくらいだった。

 寝所に行く道すがら、将軍が待ち受けていた。


「一杯いかがですかな」


 そう言って青磁器の水差しを掲げて見せた。


「いや、私は――」


 言いかけて、これ以上義理立てというか、操を守るような真似はしなくてよいのだと思い直した。

 私は彼を部屋に招いた。

 天蓋付きのベッドがまず目に入った。羊毛の絨毯、生き生きとした花かご。貴重なガス灯まで置かれていた。


「明日、旅立たれるそうで」


 将軍はそう言って、グラスに並々と透明な液体――醸した穀類を漉した酒――を注いだ。


「本来なら葡萄酒で送りたかったのですが」

「所詮はただのトーマソンです。お気遣いは無用」


 私もグラスを手に取り、酌を受ける。


「こうしますと、教練所を思い出します」

「ほう。ティゲル――トーマソン殿にもこんな時代が?」


 グラスを呷る。甘苦い刺激が鼻腔を突いた。冷たい液体が喉から胃に滴り落ちて、すぐに熱を放った。


「ヴァーゴ神に見つかるわけにはいきませんからな」


 私が言うと、将軍は一気に酒を飲み干して、クスクスと笑った。


「いかにも。どの領地でも不思議と伝えられるものなのですな」


 そう言って、外套の留め金に刻まれた獅子の紋章を指でいじった。

 水と戦いを司る、獅子頭鰐尾の神。戦士の守護者。


「酒は火の魔力を宿す偽物の水であり、それに奉仕しているところを見つかればその怒りを買う」

「だから水差しに隠して飲まねばならない」


 二人して笑いあった。

 かつてと変わらぬおとぎ話だ。要は上官に見つからぬよう、軍規が乱れぬよう水と偽って飲む小細工だった。


「これからはヴァーゴの目を盗む必要もなくなるわけですな」


 将軍は再びグラスに酒を注いだ。


「どうですかな……ティゲルが目をつけられていたかもしれませぬ。自分の加護で食ってるくせに何事だ、と」

「いや、なにもそこまでは神も……」


 将軍は言い淀んだ。言葉を探す代わり、グラスを傾けた。私もそれに付き合って酒を入れた。


「トーマソン殿は果たされました」


 将軍は言った。

「麦穂の宿命のお話、考えいるところがありました。私には世継ぎがおりません」

「なにもそういう意味では」

「いえ、考えたのです。常々疑問でした。静寂に還るが宿命とて、この酒の苦みはどこへ還るのだろうと」


 翻っては、戦いの痛み、武勲、傷や返り血。それらは宿命の前に無為なことなのかと。

 とうとうと、将軍は語った。

 案外、酒に弱いのかもしれないと思った。


「トーマソン殿の先を見たいと思ったのです」


 私の手を握る。傷の引き攣れと分厚く黒ずんだ皮。将軍はそれをまじまじと見つめた。


「妙なことを言うようですが、惚れ惚れしてしまいます。美しい。無邪気なあこがれと言っていい」


 私は将軍のしたいようにさせた。


「この道を歩む者の完成。やはり、消えはしないのではないかと。不動のティゲルは」


 将軍はそう言ってもう一度グラスを呷り、テーブルに顔を伏せた。すぐに寝息が聞こえてきた。

 ベッドから毛布を剥ぎ取り、テーブルに戻った。将軍の肩に外套を重ねてかけてやり、私は毛布を被った。

 トーマソンという器に慣れるため、残りの酒を一気に飲み干し、ガス灯を消した。

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