叙勲
儀仗兵はマールといった。マールは謁見の間を前にして背筋を正し、大きく息を吸った。
「此度、邪竜討伐より戻られた! エルス殿ご一行をお連れしました! 謁見の儀を果たされたい!」
石造りの廊下にその声はよく響いた。マールの兄がコーラスを志しているというのもまんざらではないのかもしれない、などと思った。
豪壮な扉が、その重さも感じさせずにゆっくりと開いていく。眼前に、目を射んばかりの灯火と花々、鮮やかな朱色の絨毯が現れた。
「ご案内いたします!」
マールは儀仗らしく飾り槍を突き上げ、我々を先導した。広間には諸大臣と兵士たちが立ちならび、胸に手を当てて我々を迎えた。
「招きにお応えいただき、国王以下執政に携わる者、皆光栄の思いであります」
王座の最も近くに控えていた内務大臣が、いそいそと前に出てきた。痩身で、豊かな白髭を蓄えた老人である。
「本来なら歓声と号砲で出迎えたかったのですが、なにぶん建前がございまして。のちの宴に取っておかせていただきます」
そう言って片目を閉じて見せた。浮かれてるのか、そういう立ち振る舞いなのかは伺い知れなかった。
「王は只今居室より向かっておられる。今しばらく待たれよ」
もう一人、外征将軍が歩み出て厳かに告げた。彼とは幾度か食事を共にした仲である。そのときの放埓さと、儀礼の場の険しい顔つきがうまく重ならなかった。
エルスも、アーヴィングも、ニナも、背筋を伸ばし王の入室を待っていた。私だけが、引き攣れた背中を丸めていた。
広間の奥のドアが音もなく開き、王笏を突きながら国王が姿を見せた。
王座の前まで歩みを進め、こちらを向く。すかさず跪こうとしたところ、国王が手で制した。
「よいよい。救国の恩人を跪かせたとあっては国の名折れ。膝をつかせるなどあってはなるまいよ」
二度、手を叩くと、控えていた召使いたちが椅子を運んできた。
「ゆるりとされよ」
言われたとおりに腰かけて、それを見て王も座についた。
「此度はまことに大儀であった」
王は言って、我々を見渡した。宝剣の国章を模した胸飾りが灯火を反射して輝いていた。
「外征将軍。此度の戦功を述べよ。書記官は漏れなく書き記すように」
将軍によって高らかに功績が読み上げられる。病魔の原因を突き止めたこと。閻夜の信奉者たちの策謀を阻止したこと。従僕の軍勢とのノルン平野の合戦。首魁閻夜の討伐。長い戦いの日々だった。
「斯様な功績により、我が国の命運を繋ぎ、多くの民草を救ったものであります」
高らかに告げ、将軍は壁際に控えた。
「エルス殿。遺漏、相違はないか。聞き届けよう」
「過分な功労でございます、陛下。我らの戦功に比べ、御国の兵士たち、衛士、文官諸氏の功績は劣るものではありません」
「なるほど。聞き届けよう。将軍、内務大臣。改めて部下らの労を不足なくねぎらうように」
二人はその言葉に跪き、委細漏れなく遂げることを誓う。そして叙勲の儀が始まる。
「其方らの活躍は、我が兵らの功を十分に慮ってなお、褪せる物ではないと認める」
女官が歩み出てきて、紫の絹が張られた台座を差し出した。
「ここに宝剣武勲章を授ける」
「謹んで拝受いたします」
エルス、アーヴィング、ニナがそれぞれ受け取り、胸に飾る。
私は手が伸ばせないでいた。
広間を静かなざわめきが包んだ。
褒章は私の前で白銀に煌めき、曇りのひとつもなく、エノオラの尊顔が精緻な細工で刻まれていた。背中の引き攣れが炙られるように熱を持った。
「どうされた、ティゲル殿」
整列した重鎮たちも、エルスたちも、私を見ていた。
ニナがさりげなく私の背中に手を回した。魔力の温もりが引き攣れを忘れさせた。それでも、手が伸びなかった。
「私は、ティゲルではございません」
その意味を、王も大臣たちもうまく呑み込めないようであった。
「聞こう」
王は言った。
「其方の戦功は誰にも劣るものではないと聞き及んでいる。邪竜を前に背中も見せなかったと。彼らが偽りを述べたと申すか?」
「そうではございません」
達観したつもりでいた。宿命は宿命に、運命は運命に還り、すべては意義ある営為のための鋤であり、豊穣をもたらすのだと。
「私は、叙勲に値する男ではおれませんでした」
「心変わりか。尽くせなくなったか」
「いえ。心は常に正義にあります」
私はエノオラに祈りではなく、初めて問いを投げかけた。
流転は分かる。だが私の澱みはどこへ還るのだろう。
「なれば何故」
本当はこんなことを言いたくはなかったのだと、初めて知った。
「御身の前におるのは戦士ティゲルではなく、ただのトーマソンにございます」
私が告げると、一同は静まり返った。灯火の燃える音とアーヴィングが鼻をすする音だけが広間に響いた。




