暇乞い
城壁の外、村落を見下ろす丘には青と緑の旗が立ち並んでいた。空と生命の色である。この国の葬旗だった。
新たに切り開かれた墓所は、よく日の当たる方角に造られていた。墓石の周りに蒔かれる種は、まだ芽吹いておらず、赤茶色の土が剥き出しになっていた。
勇者らに引き連れられて、私はいつぶりか跳ね橋を渡る。城下は三年ぶりの春祭りのため、多くの人がせわしなく行きかっていた。ベニミズキの花が絶え間なく振りまかれ、その花弁を払うこともなく石畳を歩いた。
「決心は変わらないのかい」
勇者エルスは、先を進みながら何度目か同じ問いを重ねた。
「経験や技能は膂力で補えるものではない。後進の補助だっていい」
そこまで言って、歩を緩める。口元にはいつもの笑みを湛えていたが、ターコイズの瞳は鋭く真剣だった。私は頷きもせず、答えはもう告げた、と言った。
エルスは立ち止まり、一行は広場の片隅に固まった。
「先日の使者はなんと?」
付与術師のアーヴィングに問われた。
「王城で師範代なり、教練所に来ないかと」
「それはいい」
彼は笑った。
「いつもみたいにしかめっ面をしてるだけで、雛鳥たちも縮み上がるでしょう」
「お前もひよっこのくせに、ニヤついてばかりじゃないか」
「これは、エノオラ神の教えですので」
生きる日に笑みを。を曲解してるだけではないかと思った。
「それで、なんとお答えを?」
「断るつもりだ。ひなびた中年がうろうろしては士気が下がる」
「それは、もったいない。柔らかい方がなにかと便利な世の中ですよ」
「石柱折る風にあっても折れるなかれ、と教えがあったはずだ」
「それもまた解釈次第です」
適当な、真剣な話のできない男であった。
「しかし君の貢献に報いなければ、なにが正義か」
いきり立つようにエルスが吐き捨てた。
「王城では言うなよ。恩給が減りかねん。そもそも私が断っているのだ」
私が窘めると、不服そうに空を仰いだ。薄雲がまばらに流れ、日差しを和らげていた。遠くからコーラスと笛の音が聞こえてきた。中央広場に目を移せば、劇団とおぼしき一団が舞台の準備を進めていた。
貢献に報いるのが正義であるならば、きっとこれから私は正義を名乗れないだろうと思った。
先王の宝剣神授像を囲むよう、屋台が組み立てられている。道化師たちが我々の勝利を祝う活劇の宣伝をしている。
「皆、あなたの回復を待ち望んでいたのです」
魔法使いのニナが言う。
「ご覧ください。手を繋いで踊る人々を。肩車する親子も。並んで木材を運ぶことも。疫病に殺されていたのです」
「疫病が侵したのは肉体だけに留まらなかった。町の魂を蝕んでいたのです。それほどの偉業を為せる人がどれだけいるでしょう」
「だから、どうか」
そこまで言って、彼女は逡巡して俯き、帽子のつばを整えた。言い切らない喋り方はとうとう治らなかったなと思った。長い旅であった。
城門で待ち受けていたのは、衛士ではなく若い儀仗兵だった。
「王命によりお待ちしておりました」
若い、快活な青年という印象だった。
「エルス殿ご一行。とくにティゲル殿の此度ご活躍、それからご回復について、王は大変お慶びになっております」
恭しくひざまづく彼に、私は申し訳なさを押し殺して言った。
「ティゲルなどと勇ましく呼ばれるのは恐れ多い。今はただのトーマソンとお呼びください」
儀仗兵が、困惑するような、言葉に迷うような、そんな表情で私を見上げた。
「謁見が済むまでは『不動なるティゲル』で行きましょうよ。ただのトーマソンでは恩給も減ってしまいかねません」
アーヴィングはそう言って、さりげなく私の肩を揉んだ。儀仗兵は安心したように笑った。
「さすれば、ティゲル殿はティゲル殿と呼ばせていただきたい。謁見の間までお連れいたします」
私たちは深々と頭を下げる衛士、召使い、詰め医師たちの合間を縫って、長い廊下を歩いた。
「ティゲル殿は私たち兄弟の憧れだったのです」
道すがら、儀仗兵は言った。
「兄が疫病に倒れ、王の計らいで私は儀仗に回されました」
「それは、お気の毒に。兄上殿は?」
「眼は失いました。でもコーラスに目覚めたようで、酒も絶っています。酒毒の方を心配していたもので、これはこれでよかったのかと」
儀仗兵らしくもなく、振り返りながら彼は笑った。
「今は二人絶たれた道ですが、しかし、教練所ではティゲル殿の噂に胸を踊らせたものです」
名のある戦士に憧れるのは、戦を学ぶ者の常であった。ただのトーマソンであったころ、かつて自分が語ったように語られるのは不思議な気持ちであった。
謁見の間に着いた。私は暇乞いの口上を、まだ考えていた。




