第9話 春夜会の封蝋は嘘をつく
週末に開かれた春夜会は、本来なら相続調査どころではない社交の場だった。
だがディートリヒは、むしろここで人の動きを見るべきだと言った。貴族は帳簿より先に、酒場と舞踏会で尻尾を出す。そういう意味では、彼は意外と現実的だ。
私は契約花嫁として、銀灰のドレスを着た。鏡の前で固まっていると、後ろからディートリヒが声をかける。
「似合っている」
「その一言で済ませるのですね」
「長く言うと逃げるだろう」
返しに困るようなことを平然と言う男だ。
夜会では、私は会話より封蝋を見ていた。招待状の返書、席札、贈答箱。マルグリットの席に届いた箱だけが、王都式の青銀蝋で封じられている。辺境ではまず使われない色だ。
送り主を追うと、箱を運んだのは子爵家の旧執事ではなく、王都から来た雑貨商だった。帳場で問うと、男はすぐに白状した。
「レオポルト・エアハルト様の代理で、封蝋と文具を数回お届けしただけで……!」
私は息を止めた。
やはりレオポルトがつながっている。
その直後、夜会場の柱陰でマルグリットと領内会計官が口論しているのが聞こえた。
「約束と違うわ、鉱山の名義がまだ移らないじゃない」
「王都側の証拠整理が終わらないと無理です」
私はその会話を聞き終える前に、ディートリヒと目を合わせた。彼も同じ結論に達している。
辺境の相続争いは、王都で私を潰した事件の延長だ。
私は手元の席札を握りしめた。
「次は会計記録です。そこにお金の流れが残っている」
ディートリヒは短く頷く。
「夜会が終わり次第、金庫を開ける」
音楽が鳴っているのに、私にはもう舞踏の旋律など聞こえていなかった。




