第8話 後妻を名乗る女
翌日の午後、マルグリット・ゼーリヒが本邸へ乗り込んできた。
濃い紫のドレスに真珠を重ね、喪中の未亡人とは思えない華やかさだ。彼女は応接室へ座るなり、扇を鳴らした。
「わたくしの相続手続きを、いつまで止めておくつもりですの」
「あなたの婚姻証書に複数の不備が見つかっています」
私がそう告げると、彼女は冷ややかに笑った。
「王都で夫に捨てられた女の嫉妬かしら」
「嫉妬で封蝋の年代は変わりません」
私は彼女が提出した婚姻証書を開いた。
「この教会封印は、二年前に廃止された旧型です。作成日と合いません。それに証人欄の一人は、その日には南港で入港記録を残している」
マルグリットの指先がぴくりと震えた。
「細かいことを」
「細かくなければ、公証は務まりません」
その時、ディートリヒが室内へ入ってきた。
「マルグリット。今後は調査結果が出るまで、子爵家資産への立ち入りを禁ずる」
「あなたにそんな権利は……」
「領主としての監督権がある」
低く切り捨てる声音に、彼女の顔色が変わる。
それでも去り際、マルグリットは私の耳元で囁いた。
「王都から来た紙女。あなたもすぐ、同じように追い出されるわ」
私は目を逸らさずに答えた。
「そう言う方はだいたい、先に追い出されます」
彼女が憎々しげに踵を返したあと、私は机に残った香水の匂いを嗅いだ。甘い花の香りに、金属のような冷たい匂いが混ざっている。
「変ね」
「何がだ」
「彼女、印章の保管箱に使う防湿香を身につけています」
公証局や工房で使う、蝋を守るための特殊な香りだ。偶然で済ませるには、また似すぎている。
マルグリットは書類に触れる場所へ出入りしている。
その確信が、さらに一段深まった。




