第6話 炭鉱村の出生証
追補遺言に記された鉱山権を追うため、私たちは北の炭鉱村シュタインへ向かった。
馬車が村へ入ると、炭の匂いと湿った風が混ざって鼻を刺す。そこで作業を指揮していた男が、私たちを見るなり帽子を取った。二十九歳のイザーク・ヘルマン。日焼けした肌に、労働者らしい硬い手をした男だった。
「領主様。こんな場所まで、どうされたんです」
「叔父の相続について調べている」
ディートリヒがそう答えると、イザークの顔がわずかに曇った。
「またあの女が何か言ってるんですか」
私はその言葉を聞き逃さなかった。
村の教会に残る出生登録簿を確認すると、イザークの記録には妙な余白があった。父の欄は空白。だが備考欄にだけ、『保護責任はハルトムート・ヴァイス子爵が負う』とある。
「ただの庇護ではありませんね」
私が言うと、老司祭が苦い顔で頷いた。
「あの方は、この子をずっと側に置いておられた。本当はもっと早く名を与えたかったのだろうが……」
「誰かに反対されたのですか」
「ええ。親族の一部に」
司祭はそこで口をつぐんだが、十分だった。
さらに村役場の居住証には、イザークが二十歳を過ぎてからも、子爵家から生活費ではなく『教育基金』を受け取っていた記録がある。単なる情けではない。継承を見据えた扱いだ。
帰り際、イザークは私に低く言った。
「俺は家督なんか欲しくありません。ただ、子爵様が守ろうとしていた炭鉱を、マルグリットに売り飛ばされたくないだけです」
「その言葉、覚えておきます」
私はそう返した。
欲のない人間ほど、遺言で最初に消される。私も、叔母の屋敷を守ろうとしただけで罪人にされた。
馬車へ戻る途中、ディートリヒがぽつりと言った。
「イザークは叔父に似ている」
「顔ですか」
「責任感だ」
その答えに、私は少しだけ笑った。
書類は嘘をつく。だが、人の生き方は意外と記録に滲む。そこを読めるかどうかが、公証人の仕事だった。




