表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/40

第6話 炭鉱村の出生証

追補遺言に記された鉱山権を追うため、私たちは北の炭鉱村シュタインへ向かった。


 馬車が村へ入ると、炭の匂いと湿った風が混ざって鼻を刺す。そこで作業を指揮していた男が、私たちを見るなり帽子を取った。二十九歳のイザーク・ヘルマン。日焼けした肌に、労働者らしい硬い手をした男だった。


「領主様。こんな場所まで、どうされたんです」


「叔父の相続について調べている」


 ディートリヒがそう答えると、イザークの顔がわずかに曇った。


「またあの女が何か言ってるんですか」


 私はその言葉を聞き逃さなかった。


 村の教会に残る出生登録簿を確認すると、イザークの記録には妙な余白があった。父の欄は空白。だが備考欄にだけ、『保護責任はハルトムート・ヴァイス子爵が負う』とある。


「ただの庇護ではありませんね」


 私が言うと、老司祭が苦い顔で頷いた。


「あの方は、この子をずっと側に置いておられた。本当はもっと早く名を与えたかったのだろうが……」


「誰かに反対されたのですか」


「ええ。親族の一部に」


 司祭はそこで口をつぐんだが、十分だった。


 さらに村役場の居住証には、イザークが二十歳を過ぎてからも、子爵家から生活費ではなく『教育基金』を受け取っていた記録がある。単なる情けではない。継承を見据えた扱いだ。


 帰り際、イザークは私に低く言った。


「俺は家督なんか欲しくありません。ただ、子爵様が守ろうとしていた炭鉱を、マルグリットに売り飛ばされたくないだけです」


「その言葉、覚えておきます」


 私はそう返した。


 欲のない人間ほど、遺言で最初に消される。私も、叔母の屋敷を守ろうとしただけで罪人にされた。


 馬車へ戻る途中、ディートリヒがぽつりと言った。


「イザークは叔父に似ている」


「顔ですか」


「責任感だ」


 その答えに、私は少しだけ笑った。


 書類は嘘をつく。だが、人の生き方は意外と記録に滲む。そこを読めるかどうかが、公証人の仕事だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ