第5話 消えた追補遺言
翌朝、私は館の地下書庫へ案内された。
石段を下りた先には、相続台帳、領税記録、婚姻証書、鉱山契約書が年代順に並んでいる。辺境の館にしては驚くほど整理が行き届いており、記録好きの私には少しだけ楽園に見えた。
「叔父は金より紙を信じる人だった」
鍵を開けながらディートリヒが言う。
「紙が残る限り、嘘は完全には消せないと」
「素敵な遺言者です」
私は棚番号と登録簿を照合した。追補遺言の登録記録は確かにある。だが、本来一緒に保管されているはずの『追補作成前確認票』と『異議保留届』が抜けていた。
「ここだけ空いています」
棚の奥に残る紙埃の形で、抜き取られた枚数までわかる。三枚。しかもごく最近、引き抜かれた痕だ。
さらに、下段の保管箱からは切れた封緘糸と、銀の粉を混ぜた蝋屑が見つかった。王都公証局でも上位登録文書にしか使わない高級封蝋だ。
「辺境でこれを使う家は?」
「ほとんどいない」
ディートリヒが答える。
「ヴァイス家本邸と、数軒の旧家くらいだ」
私は蝋屑を布に包んで保管した。
「この追補遺言は、正式保管の前後で一度開封されています。しかも、開けた人間は登録制度を理解している。素人ではありません」
王都公証局で叔母の遺言を差し替えた相手も、制度を知り尽くしていた。
偶然で片づけるには、似すぎている。
「二つの事件は同じ手口かもしれません」
私が言うと、ディートリヒは静かに頷いた。
「なら、王都にも領内にも味方がいる」
「敵にも、ですね」
言葉を交わした瞬間、階上で鈍い足音がした。誰かが書庫の前で立ち止まり、すぐに去っていく。
私は視線を上げる。
「こちらの動き、もう知られました」
「なら急ごう」
ディートリヒは短くそう言った。
証拠を隠した者は、次も隠しに来る。追うなら今だ。




