第39話 あなたの名で守りたい
新しい扶助台帳を閉じた夜、私は執務室の灯りを落としながら、窓辺に置かれた古い覚書を見つめていた。
アーデルハイト伯爵夫人の手帳だ。今回守れたものの始まりは、たぶんこの数頁にあった。
「疲れた顔をしている」
振り向くと、ディートリヒが湯気の立つ茶器を持って立っていた。
「疲れました。でも、終わってよかった」
私が受け取ると、彼は机の上に一枚の起案書を置く。題名は『領内常設法律扶助枠新設案』。
「救恤信託とは別に、公証室予算で相談枠を増やす。名前はどうする」
私は冗談めかして言った。
「アーデルハイト枠、でしょうか」
「それもいい。だが私は、別の案も考えた」
紙の下書きには、『ユリア相談枠』とあった。
「やめてください」
「なぜだ」
「恥ずかしいです」
即答すると、彼は珍しく少しだけ笑った。
「君が守ったものに、君の名が残ってもいいと思った」
胸の奥が静かに熱くなる。
「この信託は伯爵夫人の名で守りたいです」
「ああ」
彼は頷いたあと、続けた。
「だから別に作る。あなたの名で守りたいものを」
不意打ちみたいな言葉だった。
私はしばらく返せず、茶杯の縁に指を添えたまま俯く。
「……相談枠なら、夜間も残しましょう。昼に来られない人もいますから」
やっとそう言うと、彼は満足そうに目を細めた。
「採用する」
この人は本当に、私の仕事ごと大切にしてくれる。
それが何より、嬉しかった。




