第30話 夜の金庫室と切れた封緘糸
その夜、私はディートリヒとともに信託金庫室の立入検査に入った。
日中では証拠が動く気がしたからだ。同行はフリーダと、領主館の会計補佐一名。鍵は表向きカスパルから預かったもの、もう片方は修道院の封印箱に残っていた控え番号をもとに合鍵庫を調べさせた。
重い扉を開けると、棚の上に置かれた書類箱の封緘糸が一本だけ新しい。
「切って結び直してる」
私は指で触れた。古い糸は蝋が硬く飴色なのに、そこだけ妙に柔らかい。
箱の中には、王都銀行宛の照会書下書きと、療養院への払出指図書が混在していた。問題は日付だ。照会前に払出が済んでいる。
「承認を得る前に金を動かしているわ」
さらに奥の引き出しから、蝋型を取るための柔らかな粘土と、鍵山の写し紙が出てきた。
ディートリヒが無言でそれを取り上げる。顔色ひとつ変わらないのに、部屋の温度が下がった気がした。
「二本目の鍵は、失われたのではなく増やされた」
私は頷いた。
倉庫、名簿、扶助金。全部が一人の都合で開け閉めできるように改造されていたのだ。
金庫室を出る直前、私は最後の棚を見た。そこに、減刑嘆願用の便箋束と同じ透かし紙が紛れている。
嫌な連想が胸をよぎった。
「書式の癖まで、どこかで見た気がします」
誰かが王都式のもっともらしい言い回しを、この辺境でも使っている。
なら、次に来る紙もきっと同じ顔をしている。




