第3話 冷徹辺境伯からの依頼
ディートリヒ・ヴァイス辺境伯は、無駄な前置きを嫌う男だった。
貸し応接室へ入るなり、彼は自分の領地で起きている問題を端的に説明した。
「先月、私の叔父にあたるハルトムート・ヴァイス子爵が亡くなった。彼の遺した鉱山と館の相続を巡って、二つの遺言が提出されている。一つは子爵の正式登録済み遺言。もう一つは死の直前に書かれたとされる追補遺言だ」
「追補遺言の内容は?」
「遺産の大半を、自分の後妻だと名乗る女マルグリット・ゼーリヒへ譲るものだ」
私は思わず眉を上げた。
「正式登録の後に追補が出たなら、通常は後者が優先されます。ですが、偽造の疑いがある」
「そう判断している」
彼は迷いなく頷いた。
「署名癖が違う。証人の一人は、記録上その日には国境税関にいた」
私は少しだけ息を吐いた。書類を読む目が確かな依頼人は珍しい。
「私に何を求めるのですか」
「主任調査役として、領内の相続資料を洗い直してほしい」
そこで彼は一枚の契約書を差し出した。
「加えて、一年限りの契約結婚を提案する」
私は無言で書面を見た。住居の提供、給与、公的保護、職権の一時付与。そして婚姻の形を取る理由として、領内の保守派が『王都で不祥事を起こした女公証人』を権限者として認めないため、と明記されている。
「率直ですね」
「必要な条件は隠さない」
「愛情は含まれませんか」
軽く皮肉を混ぜると、彼は一拍置いてから答えた。
「今の契約には含まれない」
けれどその声は、侮りや嘲りとは無縁だった。必要な防壁として、婚姻を提示しているだけだ。
「王都からあなたを強制的に呼び戻そうとする者が出る可能性もある。私の妻であれば、その命令は簡単には通らない」
レオポルトの顔が頭に浮かぶ。屋敷も仕事も奪い、さらに罪まで着せる男が、ここで手を止めるとは思えない。
「受けます」
私は言った。
「ただし条件を一つ。事件が終わった後、私の名誉回復に協力してください」
「約束しよう」
ディートリヒは即答した。
その返答に、はじめて胸の奥の冷えが少しだけ和らいだ。
偽造遺言に人生を壊された公証人と、偽造遺言に領地をかき回された辺境伯。相性が良いとは言わない。だが、敵は同じだった。




