第26話 工房雇用の誓約書
療養院の裏手には、負傷者の社会復帰を支援すると称する木工工房があった。
だが並ぶ完成品の数に比べ、働く人たちの表情は暗い。指先を庇いながら削り屑を掃く男性、包帯の上から糸を引く女性。休憩札はあるのに、誰も椅子に座っていなかった。
工房帳簿を見せてもらうと、私はすぐに妙な誓約書を見つけた。
『作業復帰支援に参加する者は、扶助継続の条件として一日所定数の成果物を納めること』
「成果物を納められなければ?」
私が尋ねると、監督役の男は答えを濁した。代わりに口を開いたのは、縫製台の前にいた三十六歳のグレーテだった。
「食料券が減ります」
彼女は真っ直ぐ私を見る。
「最初は練習だって聞いていたのに、今は納品です。遅れたら扶助帳に印がつく」
帳簿には実際、赤い印が並んでいた。療養院の立替、工房の未達成、次月給付見直し。救恤の名で働けない人を囲い込み、働き切れない人からさらに削っている。
私は誓約書の日付を確認した。多くが受益者名簿から名前が消える直前に結ばれている。
「従わなければ名簿から落とす。その代わり従えば最低限だけ戻す」
口にすると、仕組みのいやらしさがいっそう鮮明になった。
グレーテが小声で言う。
「倉庫から毛布や薬箱が減っていくのも見ました。夜になると管理者と療養院の荷馬車が来るんです」
私はディートリヒと視線を交わした。
契約、名簿、倉庫。全部つながっている。
「証言してもらえますか」
私が問うと、グレーテは一度だけ深呼吸し、頷いた。
「誰かが書いてくれるなら。私たち、自分の言葉が紙になるところをもう長く見ていないから」
その返答が、胸に刺さった。
この公証室は、まさにそのためにある。




