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第25話 療養所の扶助契約

北丘療養院は、白い壁と静けさのせいで一見すると善良な場所に見えた。


 だが受付で契約控えの閲覧を求めた途端、院長エミール・クラウスの笑みは薄くなった。


「患者の尊厳に関わりますので」


「信託給付の使途確認です。公証監査役としての閲覧権限があります」


 私が辞令を示すと、彼はようやく書類箱を出してきた。


 中身を見た瞬間、私はため息を飲み込む。署名欄の筆圧が異様に弱い。日付は受給停止通知と同日。しかも立会人は毎回同じ二名で、一人は管理者カスパル、もう一人は療養院の事務係だった。


「入所前に説明はありましたか」


 私は廊下で会えたブルーノ・ライツに訊ねた。坑内事故で右脚を痛めた四十一歳の男性だ。


「熱で朦朧としてる時に紙を出された。署名すれば妻にも扶助が続くって」


「条件は読めました?」


 彼はゆっくり首を振る。


「読める状態なら、こんな字にはならねえよ」


 その一言で十分だった。


 私は契約書の末尾を示す。そこには小さく、『療養費未収分は本人および保証人の将来給付から控除し得る』とある。伯爵夫人の覚書が禁じた返済条項そのものだ。


「これは扶助ではありません。借金です」


 私が言うと、クラウス院長はやけに穏やかな声で返した。


「現場には現場の工夫が必要なのですよ、公証人殿」


 隣でディートリヒの気配が冷えた。


「工夫で済ませるには、貴様の文字は細かすぎる」


 私は契約束を封緘袋へ移した。


「次は作業復帰準備金の行き先を見ます」


 療養院を出るころには、白い建物の清潔さより、窓の内側から目を逸らす人の多さのほうが印象に残っていた。


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