第23話 救恤金は誰のため
領都へ戻ると、私は遺贈信託の出納簿を広げた。
扶助金の支出欄には、受益者名ではなく『北丘療養院一括送金』『療養契約調整費』『作業復帰準備金』といった曖昧な項目が並んでいる。
「個人への給付ではなく、施設へのまとめ払い……」
眉を寄せた私の隣で、イザークが腕を組んだ。
「坑内で足を潰した連中も、あそこへ送られてる。治るまで面倒を見るって話だった」
「実際は?」
「戻ってきても前より痩せてる。なのに借金だけ増えてる」
私は該当する契約番号を追い、保管箱の底から束を引き抜いた。そこには扶助金の受領証と一緒に、『本人療養費立替同意』という別紙が綴じられている。しかも、立替額は給付額とぴたり同額だった。
「つまり救恤金を渡したことにして、同額を療養費名目で回収している」
私が整理すると、フリーダが嫌そうに肩をすくめた。
「優しさの顔をした回収ですね」
さらに不快だったのは保証欄だ。多くが寡婦本人の署名で、万一退所費用が不足した際は『将来の扶助受給分をもって充当する』と書かれている。
救うための金が、従わせるための鎖に変えられていた。
夕刻、ディートリヒが執務室へ来る。私は出納簿をそのまま差し出した。
「伯爵夫人の遺贈信託は、今や療養院の回収口です」
彼は数頁めくっただけで口元を固くした。
「表向きは慈善、実態は囲い込みか」
「ええ。しかも受益者の同意は、生活が追い詰められた状態で取られています」
私は最後の頁を閉じた。
「次は療養院を見ます。扶助契約が本当に本人の意思だったのか、現場で確かめたい」
ディートリヒはすぐに立ち上がった。
「同行する」
「辺境伯自らですか」
「君一人で行かせるには、善意の仮面が厚すぎる」
その言い方に、私は小さく息を吐く。
確かに今回の敵は、露骨な偽造犯より厄介だった。
困っている人の顔を見ながら、正しい言葉で奪っているのだから。




