第20話 もう偽証人にはなりません
夏の初め、領都の中央通りに『ヴァイス領公証室』の看板が掲げられた。
王都へ籍を残したまま、私は辺境にも正式な公証窓口を開いた。遺言、婚姻契約、商会取引、鉱山労働者の補償契約。これまで曖昧な慣習で処理されていたものを、一つずつ紙へ落としていく。
「夫に勝手に畑を売られないようにできますか」
「できます。共有財産契約を作りましょう」
「娘にも相続できますか」
「もちろんです。先に意思を残しておけば」
相談に来るのは、これまで声を上げられなかった人たちばかりだった。私は一件ずつ、丁寧に話を聞き、必要な文言へ変えていく。
夕方、最後の依頼人を見送ったところで、玄関の鐘が鳴った。
振り向くと、ディートリヒが花束ではなく紙袋を持って立っている。
「今日は何ですか」
「焼き菓子だ。昼を抜いただろう」
約束はきちんと守る人だ。
私は公証机の上に置かれた一通の手紙へ目をやった。差出人はレオポルト。減刑嘆願の証人になってほしいと書かれていた。封も切っていない。
「返事は?」
ディートリヒが尋ねる。
「不要です」
私はそのまま手紙を未開封箱へ入れた。
「私はもう、誰かに都合よく使われる証人にはなりません」
ディートリヒは静かに頷き、代わりに私へ新しい封筒を差し出した。
中には、私たちの正式な婚姻登録証明書が入っている。証人はフリーダとイザーク。記載ミスはもちろん一つもない。
「完璧ですね」
「相手が公証人だからな」
私は笑い、彼の腕を取った。
偽造遺言に奪われた人生は、正しい書類と正しい人の手で取り戻せる。そう証明できたのなら、もう十分だ。
今日も私は公証机を閉じ、辺境伯と一緒に家へ帰る。




