第19話 契約の終わりと本当の求婚
事件が終わった夜、私は最初に交わした契約書を開いた。
一年限りの契約結婚。相続争いの解決と名誉回復が達成された時点で、双方の合意により途中解消可。文面通りなら、ここで終わる。
それでいいはずだった。
書庫で契約書を見ていると、ディートリヒが入ってきた。
「やはりそこにいたか」
「終わりの確認をしていました」
私が正直に言うと、彼は私の前に新しい紙を置いた。
婚姻契約書ではない。求婚承諾書の草案だった。しかも付記には、『妻の職業継続を妨げない』『妻の個人財産と公証印は本人が管理する』『居住地の選択については毎年見直し可』とある。
「……ずいぶん実務的な求婚ですね」
「あなたはそのほうが安心するだろう」
私は唇を噛んだ。反論できない。
「契約がなくなっても、あなたにここへいてほしい」
彼は私をまっすぐ見た。
「仕事ができるからではない。あなたがユリアだからだ」
その言葉は、甘い飾りよりずっと強く胸へ落ちた。
私は草案を読み直す。抜けも曖昧さもない。まるで彼の気持ちが、そのまま紙になったみたいだった。
「一つだけ追加してもいいですか」
「何だ」
「夕食を抜いた時は、辺境伯自ら夜食を運ぶこと」
言いながら、自分でも驚くほど自然に笑っていた。
ディートリヒは一瞬目を見開き、それから確かに笑った。
「追加しよう」
私は承諾欄へ、自分の意志で名前を書いた。




