第14話 元夫は返還命令を持ってくる
王都へ向けて出発する前日、レオポルトが辺境伯邸へ現れた。
従者もつけず、だが官用封筒だけはしっかり抱えている。玄関広間で私を見るなり、彼は昔と同じ穏やかな顔を作った。
「ユリア。無駄な抵抗はやめよう。公証局は君の身柄返還を求めている」
差し出された命令書を一読し、私はため息をついた。
「これ、無効です」
「何?」
「発令者の副長官は先月退任しています。この印も退任前の旧印式。つまり、あなたは退任した人の名と古い印章で命令書を作った」
レオポルトの顔から血の気が引く。
その場にいた家臣たちもざわめいた。私は書面を返しながら、さらに続ける。
「それと、私は現在ヴァイス辺境伯家の正式な保護下にあります。返還を求めるなら、少なくとも正規の照会手続きを踏んでください」
「君は騙されているんだ」
「騙されていたのは王都にいた頃の私です」
私がそう言い切った時、奥からディートリヒが現れた。
「エアハルト殿、客人としての礼を失えば、このまま衛兵に引き渡す」
低い一声で、空気が凍る。
レオポルトは私を睨みつけた。だがその目に、もう余裕はなかった。
「今ならまだ間に合う。君が証言を引っ込めれば、屋敷の一部は……」
「いりません」
私は遮った。
「叔母の屋敷も、公証印も、私の名誉も、施しで返してもらうつもりはないので」
レオポルトが去った後、私は無意識に肩の力を抜いていた。
「震えている」
ディートリヒが言う。
「怒っているだけです」
「どちらでもいい」
彼は外套を私の肩へかけた。
「一人で受けなくていい」
その重みが妙に温かくて、私はしばらく何も言えなかった。




