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十五.鋭い音の真実


 ――――バチンッ!!!!


 顔が、きれいに真横を向くほどの勢いで、珠梨は渾身の平手打ちを須勢理姫にお見舞いした。

 前触れない、突然の珠梨の驚くべき行動に、篁沙久も須勢理姫も度肝を抜かれ、一瞬、呼吸することすらも忘れた。


「全部、大国主が悪いに決まってんだろ、バーカ!」


 そしてフリーズしている須勢理姫に、全力の挑発顔をしながら、珠梨は言い放った。


「家族もいなければ、友達もいない。外にだって自由には出られない。人間なのに、人間と仲良くしようとすれば、いつも篁沙久があたしの手を引いて、すぐに屋敷に連れ戻される。この世に生きているのはあたしなのに、神々(お前ら)は自分達のためにあたしからこの世界を知る術をすべて遮断する。……それなのに、これ以上、どうしてあたしがあんたらのために我慢しなきゃならないの?」


 日々ずっと抑えつけている、珠梨の心に溜まった憎しみが、漏れ出る。


「自分の性欲さえ制御できないバカの為に、どうして普通に生きているあたしが犠牲にならなきゃいけないのよ」

「贄の分際で私の旦那様を愚弄するか!」

「その特別な存在()を囃し立て、贔屓したのは神々(お前ら)でしょ」


 最早、殺意とも取れる珠梨のドス黒い空気に気圧されて、須勢理姫は一瞬表情を怯ませた。しかし、それでも負けじと、口は珠梨への嫌味の言葉を紡ぎ続けた。

 

「……ホント、愚かね」


 震える声で、須勢理姫は言う。

 

「『贄姫』の本分も知らず、皆、貴女なんかを厚遇して……バッカみたい」

「それ、どういう意味?」

「さあ? どんな意味かしらね。()()()()()


 須勢理姫が口を付いて出したのは、これまで、誰からも一度も聞いたことのない『贄姫』という存在の核心。

 意味深に、それも何かを知っているような口振りではぐらかす彼女から、さらに情報を聞き出そうと必死になった珠梨は彼女の胸ぐらを掴んだ。


「話して。知ってること全部!」

 

 荒々しく問い質す珠梨を見て、須勢理姫はざまぁみろと言わんばかりに声を上げながら嗤った。

 口を割らない須勢理姫に段々と語気を強め、余裕のなくなる彼女の姿を楽し見、須勢理姫はただ嗤い続け、それ以上は何も語らなかった。


「嗤ってないで教えろ!」

「おい、珠梨」

「なによ篁沙久、今邪魔しないで」


 すると次の瞬間、脳天を突き刺すような痛みが突如、珠梨を襲った。


「痛ったぁ〜!!!!」


 あまりに激しいその痛みに、珠梨は涙目になりながら床を転げ回り、叫びながら悶え苦しんだ。

 一瞬、須勢理姫が何かしたのかと、珠梨は苦しみながらも薄目で彼女の方を見てみたが、須勢理姫も一体何が起きたのか状況が分からず、困惑しているようだった。

 須勢理姫が何もしていないとすれば、この痛みは……


「いい加減にしろ!」

 

 乱暴になる珠梨の素行を見るに見兼ねた篁沙久が、冷静にさせようと、なんと脳天に肘落としをお見舞いしたのだ。

 軍神(篁沙久)の容赦ない一撃は、瞬時に珠梨の脳天に大きなたんこぶを実らせた。


「なにすんのよ、篁沙久!! 痛いじゃない!」

「お前こそ、相手に手を出すなんてどういう了見だ」

須勢理姫(こいつ)が先にあたしに喧嘩売ってきたのよ!! 篁沙久だって見てたでしょ!」

「ああ、見てた。だから、お前が悪い」

「ハッ! 同じ神だから庇うつもり?」

「違う。どんな理由があれど、先に手を出したお前が悪い」


 正論を突かれた珠梨は、それ以上は何も言い返すことができず、バツが悪そうにぐっと口を噤んだ。


「須勢理姫に謝れ」

「やだ」

「手を出したこと、ちゃんと謝れ」

「やだ! あたし悪くないし!」

「どんなに嫌な奴が相手でも、お前がしたダメなことには、ちゃんとけじめをつけろ。これは、教育的指導だ」


 ぐうの音も出ない篁沙久の正論に、珠梨は悔しそうに唇を噛み締めた。

 篁沙久の言うことは正しい。珠梨の言い分も分かるが、倫理的に間違った方法を取ったのは珠梨の方だ。その事実は本人も、十分に分かっていた。

 だからこそ、今この場で怒られて、悔しそうにポロポロと涙を流しながら、珠梨は篁沙久から顔を反らしてだんまりを決め込んだ。

 これに篁沙久も、やれやれと言わんばかりにため息を吐くと、須勢理姫の前に座り、深々と頭を下げた。


「贄姫に代わり、無礼をお詫び申し上げます」


 隣で自分の代わりに頭を下げる篁沙久を横目に、さらに気まずそうにする珠梨。


「感情的になっていたとはいえ、須勢理姫様に手を出したことは許されざる行為。どうか、ご慈悲を」


 真剣な横顔で許しを請う彼の首筋には、一筋の冷や汗が流れていた。


(また……贄姫(あたし)のために必死になるのね)


 自分よりも遥か上の存在に頭を下げる度に、篁沙久は、いつも尋常じゃないほどに緊張していた。

 それは、彼が神々を怒らせないようにしたいからじゃない。怒った神々の攻撃の矛先が、珠梨に向かないようにするために、篁沙久はいつも必死に体を張って、珠梨のことを庇っていた。


(血の繋がった関係でもないクセに、いつもこう)


 身内でもなければ、弱いわけでもない。

 それなのに、珠梨が問題を起こす度に、非がどちらにあろうと、すぐに頭を垂れ、篁沙久は穏便に事を収めようとする。そんな小さくなった彼を目にするのが、珠梨は嫌だった。


(篁沙久に頭を下げられたら、これ以上あたしが強気に出られないじゃない)

 

 心の中で舌打ちしつつ、珠梨は起き上がって篁沙久の隣に座り直し、須勢理姫に対し頭を下げた。


「……暴力を振るって、申し訳ありませんでした」


 珠梨が素直に謝ったことに驚きを見せつつも、須勢理姫は勝ち誇ったように満足気な表情を見せた。


「私に貴女の暴力を罷免を乞うならば、貴女も旦那様の罷免を許しなさい。いいですね?」

「ッ!」


「それとこれとは全然違う!!」本当は、そう言ってしまいたかった。でも、隣で共に頭を下げ続ける篁沙久を横目に、グッと気持ちを噛み締めながら、珠梨は黙って頷き、条件を呑んだ。

 

「よろしい。これに免じて、今日は帰りましょう。和解の証として、悪縁切りの反物(これ)は置いていきます。処分するなり、貴女の好きに使いなさい」


 そう、須勢理姫が玉城神社を後にしようとした時だった。



 

 ――――「お待ち下さい」




 

 頭を下げたまま、珠梨は、帰ろうとする須勢理姫を呼び留めた。

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