四 念夫
念夫に呼び出された。放課後の寂れた公園。晴のときと同じく、極めて人通りの少ない場所。何か深刻な話題であるのは確かだった。
念夫は優秀な人間だった。学業の成績は常に学年一、二位を争い、テニス部では部長を務め、大会でも活躍しているらしい。そんな、絵に描いたようなよくできた男で、それなりに整った顔立ちをしているにも関わらず、同級生からの人気は高いとは言えなかった。彼には真面目すぎるところがあった。授業をきちんと受けない者がいれば叱りつけ、清掃を怠ける者は誰であろうと厳しく咎めた。そんな態度だからいわゆる不良たちに目をつけられ、時として暴力を振るわれることもあった。しかし、彼は手こそ上げないものの、不良らの「悪事」には決して怯まず、徹底して対抗した。そういった彼の姿勢を立派だと素直に尊敬する者もいれば、煙たがる者もいた。彼が大多数の支持を得られているわけではないというのはそういう理由による。
普段念夫の周りにいるのは彼が認めるような優等生ばかりで、残念ながらぼくはその中に入っていない。だから今回このような呼び出しを受けたのは意外だった。
なんとなく早く公園に着いたが、程なくして彼は来た。礼儀正しい彼らしく、来てくれてありがとう、と頭を下げてから本題に入った。
「羊子が死んだ日の前日、羊子と会っていたというのは本当か」
さすがに面食らった。晴のときと全く同じ質問を受けることになるとは。
しかし、答え方も同じでいいのだろうか。つまり、いじめの相談を受けていた、と正直に言っていいのだろうか。晴は周りに隠れていじめを行っていた。それを念夫に暴露したら晴の立場はどうなるだろう。晴を庇う気はない。ぼくにだって羊子をいじめていた晴を憎く思う気持ちはある。だが不必要に陥れるつもりにもまたならないのだった。だって羊子はもう死んだのだから。ぼくらがどう騒いでも、もはや羊子には関係ないのだから。
「確かに、会っていたよ」
とりあえずそうとだけ答える。
「そうか……。羊子は何か話していたか? 例えば、悩みごとがあるとか」
「どうしてそんなことを訊く?」
訊き返すと、念夫は少し黙った。その後、重苦しい様子で口を開いた。
「おれは羊子が事故で死んだなんて信じられない。足を滑らせて溺死? あんなの、絶対に溺れるようなところじゃない。だから、羊子は自殺したんじゃないかって思っている。それで、死の直前に会っていたきみからなら、何か手掛かりになることを聞けるんじゃないかと思った」
その答えは予想通りだった。その上で確認しておきたいことがもうひとつ。
「何故羊子の死の理由を明らかにしようと思う? こんなことを言うのは悪いけれど、ぼくらが今更何をしたって羊子は帰ってこない」
その後の沈黙は長かった。やがて彼が微笑に近い表情を浮かべたのでぼくは若干の驚きを覚えた。
「おれは羊子が好きだった」
ショックな告白だった。彼は好きだった人を亡くしたというのか。ならばそんな彼に対して羊子の真実を隠匿することは罪だ。しかし、彼の羊子への想いが特別なものだというのなら、なおのこといじめについて話すわけにはいかない。今の彼はいじめの事実と羊子の死を容易に結び付け、晴を激しく憎悪するだろう。そんな悲しい状況をわざわざ作りたくはない。
「分かった。だけどあの晩羊子がそんなに思いつめていた様子はなかった。羊子とは昔から親しくしていて、あのときも特に用事もなく会っていたんだ。他愛もない話をして別れたよ。ぼくは羊子が自殺したとは思わない」
それを聞くと念夫は礼を言って去った。
いじめのことは隠したものの、全くのでたらめを答えたわけじゃない。羊子の死は自殺ではない、というのはぼくの本当の考えだった。羊子は確かにいじめに悩んでいたけれど、あの日ぼくという協力者を得てむしろ希望を取り戻したはずなのだ。羊子の死はいじめとは関係ない。
ぼくは、あれはやはり自殺でも他殺でもなく、事故だったのだと思う。というか、そう思いたい。死んだ人間のことでこれ以上生き残った者が苦しんだり争ったりするのは嫌なのだ。羊子はただ死んだ。今はそれだけを受け容れよう。




