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三 晴

 学校の帰り道、用水路の脇に晴が独りで突っ立っているのを見かけた。


 何も言わずに通り過ぎようとした。だってここは羊子が死んでいたという場所。そこで立ち尽くしているんだから、晴の精神状態が穏やかでないことは明らかだった。


「羊子はわたしを恨んでいるの?」


 引き止められた。晴の目は水面を見つめたままだったが、その声は明らかにぼくに向けられていた。


「教室のざわめきの中から羊子の声が聞こえる気がする。街を行く人の中に羊子の背中を見た気がする。夜、部屋の電気を消すと、枕元に羊子が立っている気がする。わたしを責め立てている気がする。呪っている気がする」


 妙な感じだった。晴の声は震えていた。表情も動揺の色を隠せていない。しかし、羊子の声を聞いた、とか、羊子の幽霊を見た、とか、本当に錯乱したことは言っていない。声を聞いた気がするだけ。姿を見た気がするだけ。変なところで冷静さが残っている。


「五年前にも、うちの学校の生徒が事故死したことがあったんだって」


 その話題を切り出す頃には晴の声は充分に力強かった。本当に怯えていたのかと疑いたくなるほど。


「それもどうも不審なんだ。ある建物の非常階段から落ちて事故死、そう判断されたらしい。でも――わたしは実際にその階段を見てみたんだけど――絶対に不注意で落ちるような場所じゃなかったよ、あそこは。……羊子は本当に事故で死んだのかな。ここだって溺れるような場所じゃないよ。ましてや自殺するのに選ぶような場所なんかじゃ、絶対にない」


 それはもうほとんど独り言。ぼくの反応を見ないで一方的に喋っていた。そして晴の思考が、または希望が、ある一定の方角を目指しているのは明らかだった。


「羊子は殺されたんだと思う」


 結局、晴の結論はこれ以外あり得ないのだ。羊子の死は自殺なんかであってはならない。それでは晴が殺したも同然になってしまう。事故だとしたら晴の責任はなくなるが、状況的にそれは考えにくいし、自殺の可能性を完全に否定してこれを事故だと立証するのは困難だ。だが殺人なら。羊子が何者かに殺されたのなら、その犯人を見つけた途端に自殺の可能性はなくなり、晴の無実は証明される。だから晴はこれを殺人事件だと信じて、たとえ無理だとしてもその犯人を追うしかないのだ。それだけが彼女自身の罪から彼女を守る方法なのだ。


「でも、事故死だと判断されたってことは、これが殺人だと示す証拠は一切残っていなかったんだろ。そんな、何の痕跡も残さずに人を殺すことが可能なのか?」


「そんなことができたら、神業だよね」


 その反応は多少意外だった。そして不思議なのは、殺人の可能性は考えにくいと自分でほぼ言ってしまっているのにも関わらず、晴の表情は活力のようなものを湛えていたということだ。


 何を信じているのか。ふとそう問いかけてみたくなった。


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