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「済みません、宇治林さん、少し話させてください。火村さん、こっちに敵意はない。君を助けに来ただけなんだ。」
冷静に迅速に穏便にこの状況を収拾しなければならない。なぜならここはゾンビだらけ、要は敵地のド真ん中なのだ。こんな場所で言い争うなどバカの所業だ。だから僕は努めて穏やかな声で火村さんに呼びかけた。火村さんは一瞬訝しげな顔をすると、笑い出した。
「助ける? 私をですか? ははっ、頭大丈夫ですか、比嘉先輩? 2回も殺されかけて、仲間二人失って、それでも私を助けると? 遂に頭おかしくなっちゃいましたか?」
「それはこっちのセリフだよ。僕らは君たちを助けようとしただけなんだ。それに2人は死んでない。危ないから帰ってもらっただけだよ」
冷静に、冷静に。
「見限られた、の間違いじゃないですか? ま、そうですよね。渋谷先輩もこんなひょろっとした、頼りがいのなさそうな童顔男よりも、イケメンで力持ちの渡井先輩のほうがいいですよね。ははっ、ご愁傷様です」
イラっときた。いや、待て、見当違いの挑発になんか乗るな、比嘉充。冷静に、そう冷静に説得するんだ。なるたけ早くこの問答を終わらせる。僕はこの子を助けに来たのだから。
「違うよ、本当に帰ってもらっただけだ。とりあえずここは危ない。早く家に帰ろう」
「家? 家ってまさかトモカズ達のいる家じゃないですよね?」
「いや、その家で合ってるよ。いいから早く帰ろう」
そう言って努めて温和な表情で手を伸ばす。火村さんは差し出された僕の手を見て
「ふ、ざ、けるなっ! あそこはお前の家じゃないっ。私とトモカズと正吾の家だ! 早く自分の家に帰って!」
キレた。振り払うように僕の手を叩き、いとも簡単に。僕にはじんじんとしみる、差し出した手の痛みだけが残った。
「それはこっちのセリフだよ! というかいい加減にしろっ! はっきり言って君、面倒くさいんだよ!」
僕もキレた。天国のお母さん、お父さん、僕は実はバカだったみたいです。
「はぁ!? 面倒くさいって何、誰も助けてくれなんて頼んでないよ!」
「しつこいっ。そんなに血まみれになりながら、ゾンビから逃げてたじゃないか! だから助けてやるって言ってるんだよ!」
「いらないよ! そんな上から目線で助けてもらっても嬉しくないよっ」
「はぁ? 上から目線でも下から目線でも命救ってあげるんだから、そんなことはどうでもいいだろ!」
「よくないよっ、この偽善者!」
「偽善でも善でも悪でも、行動が同じなら結果は同じなんだよ! そんくらい分かれよ、高1だろ!?」
「はっ、そんなどう見ても中学3年生です、っていう顔してよく言うよ! 高2が聞いて呆れるね!」
「顔は関係ないよね!?」
叫ぶ。ギャーギャーとゾンビなんてまるで怖くないかのように、僕らは叫んだ。どちらも声量にリミッターなどかけていない。全力で叫び言い争った。宇治林さんなど呆れたという表情をして、耳を塞ぎながらも、少し笑っている。そんな風に2、3分言い争ったところで
「おーい、ヒートアップしてるとこ悪いが、お客さんが来てるぞ」
宇治林さんのその言葉で我に返った。顔からサーっと血の気が引く。何をやっているんだ僕は。こんなゾンビだらけの、しかも木以外に遮蔽物のないところで、大声なんて出したら、
「囲まれましたね」
冷静さを取り戻した火村さんが呟く。360度、僕らの視界はゾンビでいっぱい。
***
「どうする?」
宇治林さんがこちらに顔半分向け聞いてくる。その顔はこの窮地だというのに、なぜか笑みが浮かんでいる。
「なんで笑ってるんですか」
「いや、お前らのやり取りが、知り合いと似ていてな。仲がいいようでなによりだ」
「良くないからこんなことになっているんですけどね」
「で、どうすんだ?」
こうも囲まれてしまっては、どうするも、こうするも、選択肢は一つしかない。
「分かっていて言っていますよね?」
「はは、まぁな」
そう言って宇治林さんはシャベルを大上段に、少し横に傾けて構えた。
「行きますよ。火村さんも、用意してください」
正面突破だ、いくぞ。
***
ゾンビの動きというのは、基本的にノロい。背筋には力が入っておらず常に前屈み、肩からたれている腕も普段は力なくフラフラと揺れている。しかしそれらは獲物を捕食する段階になると、急に恐るべき力を持ち、獲物に歯をくい込ませるための強力な武器となる。
僕が目をつけたのは、普段の状態から、捕食モードにチェンジするまでのその間だ。ゾンビはそこに一瞬のタイムラグを持つ。ダランとぶら下がった腕が急に力を持ち、持ち上がる瞬間、そこがゾンビたちの弱点だ。
宇治林さんはそれを感覚的に理解しているのか、的確に、俊敏にその瞬間に、シャベルを真一問に振り抜いた。バランスを崩されたゾンビたちが仰向けに倒れる。
「行くぞ!」
宇治林さんはそう叫ぶと、足をつかもうと手を伸ばすゾンビの頭を踏み、走り出す。僕はわらわらと群がるゾンビたちの手を避けながら、宇治林さんに続いた。しかしおかしい、後ろから足音がしない。振り返ると、そこにはゾンビたちの中心でうずくまる火村さんがいた。
「何やってるんだ! 早く、逃げろ!」
僕は思いっきり叫び、呼びかけるが、火村さんは動かない。
今僕らはゾンビたちに囲まれている。囲まれているといっても、スーパーのように肉壁が形成されているというわけではない。工事現場にはそれほどの数はいない。わらわらと集まってはいるけども、ゾンビとゾンビの間に明らかに隙間がある程度だ。しかしゾンビは音源の周囲に円状に集められていく、そしてその円が着々と狭められていくのだ。早く脱出しないと、圧殺される。
「三村くんと成宮くんと一緒に死ぬんだろ!? 何うずくまっているんだよっ」
「先輩と言い争っていたら少し落ち着きました。さっきまで逃げてましたけど、正直に言って私はもう無理です。足をくじきました、もう走れませんし、軸足なのでゾンビを殴ることもできません。先輩は早くお仲間の美人の彼女を追ったらどうですか? 本当に取られちゃいますよ?」
自虐的に笑って自分の足を見たかと思うと、直ぐにこちらを挑発してくる。しかしその姿は先程とは打って変わって、弱々しかった。
「どうせ私たちは死ぬんです。みんなバラバラで私の弟みたいに死ぬんです。それが早いか遅いかの話ですよ。何にも変わらない。なら私はここで死にます」
少し震えた声で、自虐気味に、自嘲気味にそんなことを嘯く。
その分かったような態度で、悟ったみたいに諦めている姿に、僕は素直にイラっときた。どしどしと火村さんのところへと戻る。驚いてこちらを見上げる火村さんの髪の毛をつかみ、顔を上げさせると、頬を思いっきり叩いた。
「なっ!?」
「ふざけるな! みんなこんなことになった世界で必死に生きようとしてるんだよ! お前みたいな、ただの意気地無しと一緒にするなっ! 僕は生きるぞ! こんなところでも生きてやる! 仲間だって死なせない! 幸せになってやる!」
「ば、馬鹿じゃないですか!? こんな世界で、幸せ? どうせ死ぬんですよ、私の弟と同じように!」
「死なねえよ! 僕の親はな、僕が小学生の時、僕の目の前で殺されたよ! 僕はずっと一人だったっ。でも死んでない! 弟が死のうが、親が死のうが、お前の足が今くじけてようが、人は生きれるんだよっ! 意志の力でなっ!」
「そんな、そんなのっ! 何の根拠もないじゃないですか! 保証もないじゃないですか!」
火村さんの服の襟をつかみ、額をかち合わせる。この訳知り顔のお子様に、一言行ってやらないと気が済まない。
「その通りだよ! でもな、保証なんていらないだろっ。僕が、君が、今ここで生きている、それが全てだ! 保証なんてものが、根拠なんてものが欲しいならそこでいつまでもうずくまってろ! 三村たちと死にたいならそうしろ! みんなで生きたいなら、そのために努力しろ! もう僕は行くぞ、宇治林さん、ありがとうございます」
僕たちが言い争っている間、わざわざ戻ってきて、迫り来るゾンビの足止めをしてくれていた宇治林さんにお礼を言うと、僕は顔を上げて、走る方向を見据えた。いざ走り出そうと足に力を入れた時点で、服の端を僕より一回り小さな手が掴んだ。
「これだけ言われて、何もしないまま引き下がるわけには行きません、火村ジムの一員として。だからその、肩を、貸して、ください」
僕の言葉への意地か、はたまた元から持っていた意志か、火村さんは少し悔しそうな顔で、ぷいと横を向きながら、とぎれとぎれそんなことをのたまった。それを見て僕は顔いっぱいに笑みを浮かべて言ってやる。
「あれ、ここで死ぬんじゃなかったの?」
「うるさいですっ」
「肩、いらない?」
「い、いります」
少し屈むと、ガバッと覆いかぶさるように肩を組んできた。
「は、離しませんよ」
「はいはい。じゃ、行こうか」
僕らはまた1歩、踏み出す。




