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「おい、どうする?」
「どうするもこうするも、帰るしかないわよ。充頼むわ」
「なんかやっぱ反則くさいな、テレポート」
壮太は最近苦笑いが板についてきたような気がする。そんなことを考えながらも僕はなぜか、林の中へ入って行った火村さんの背中が頭にちらついていた。
「ねえ、僕たち結構叫んだよね」
「ええまぁ、主に私と火村さんだけれど」
「音で寄ってくるよね、ゾンビ」
火村さんは走って林を抜けようとするだろう。しかし走れば必ず音が出るし、ゾンビが寄ってくる。するとまた走らなくてはならず、結局ずっと走り続けなくてはならない。
そうして体力が尽きれば囲まれる。
「ええ、それがどうかした?」
なぜさっきまで考えていなかったのか、道路には乗り捨てられた車が何台かあった。それはこの林にゾンビがそれなりにいることを意味する。火村さんのさっきの泣き出しそうな表情が頭にちらついて離れない。
「火村さん、多分もう捕捉されてるよね?」
「ええ、かなり危ない状態だと思うわよ」
「おい、まさかっ」
壮太は僕が何をしようとしているか気づいたようで、僕の両肩をつかんで止めて来た。その力は強くて、僕を心配してくれているのが伝わってきて、火村さんを助けに行く決心がついた。
親が死んで家族が死んで、つらくてつらくて死にたくなって、もう失いたくなくて、1回壊れたとしても、人間はそれを乗り越えることができる。実際に経験した僕だからわかる。それを火村さんに伝えたい。僕の中の思いがそう固まった。
「ごめん、僕は火村さんを助けに行くよ」
その言葉を聞いて美紅の動きが止まり、そしてすぐに僕を行かせないように壮太と同じように僕をつかんだ。
「ごめん、これは僕のわがままだから2人は連れていけない」
「それはダメよっ! 充が行くなら私もいくわよ!」
「俺もだ、だからやめてくれッ、1人で行くのはやめてくれ!」
それを聞いて嬉しかったけれど、僕のやっぱりわがままで二人を殺すわけにもいかない。もう僕たちはゾンビに囲まれている、時間がない。だから僕は二人の手つかんで、目をつむった。
「ごめん、ありがとう」
目を開けると二人は消えていた。今頃は拠点にいるだろう。
「ごめん」
そうつぶやくと僕は火村さんの消えた林を見据え、飛んだ。
***
「ぁぁぁあああああああっ!」
ザリッ、という音が耳元に響く。右手の狩猟用ナイフが赤色に染まるのが見える。それと同時に僕の少し上をゾンビの腕が風切り音を鳴らしながら通り過ぎた。
「ふうっ!」
走れ、走れ、止まるな。止まったら死ぬ。そういい自分に言い聞かせながら、荒い土の上を走る。
しかし走っていれば必ず音が出る。そして音が出ればゾンビが寄ってくる。走っていられる間はいいが、体力が切れたら終わりだ。囲まれる。
やっとのことで何匹か固まっていたところを抜けると、またテレポートで移動する。音が出ないため今のところは一番安全な移動方法だ。しかし座標指定には注意しなければならない。飛んだら目の前にゾンビが、なんてことが起きる可能性もあるからだ。さっきはそれで囲まれてしまった。
上を見ると様々な種類の木々が高々と聳え、光を遮切っている。下を見れば地面には木の根があちこちで露出している。視界が悪く地面も荒いため、走るのには向かない。だから火村さんもそこまで遠くに入っていないはず。
「なんだけどなぁ」
全然見つからない。誰かが走った痕跡さえも見つからない。道路に出たのだろうか、しかし道路は見晴らしがいいため、ゾンビに補足される可能性も必然的に高くなってしまう。事前にこういう計画を立てていたであろう火村さんがそのようなことをするだろうか。道路に出て乗り捨ててあった車を使い一気に脱出、というのも不可能だろう。僕らの年で車を運転できるようになる機会は、ほとんどない。
では何故、火村さんが通った痕跡さえ、捕捉できないのか?
「テレポートで飛んでるうちに、火村さんがいた場所も飛び越えてきちゃってたりして……」
よくよく考えてみればありえない話でもない。僕は早く火村さんに追いつこうと、なるたけ遠くに飛んでいた。その上テレポートは音がしない、火村さんが気がつかなくても不思議ではない。
「まぁ、気づいていても声はかけないだろうけど……」
ガサッ、という何かが擦れる音が僕の耳に届いた。咄嗟に後ろを向くと3体、こちらに手を伸ばしている。少し警戒を怠るとすぐこれだ。自分が忌々しい。
「クソっ」
距離は5メートルほど、僕は視界にとまった木のなるべく太そうな幹に座標を合わせる。そしてあと少しで掴まれる、というところで幹に飛んだ。逃げるが勝ちだ。そもそも僕の能力は戦闘にはあまり向いていないので、仕方がない。壮太のような胆力も僕にはないのだ。
「ふぅ、危ない」
木の下では僕をつかもうとしていたゾンビがバランスを崩して倒れうごめいている。木の上にゾンビは登ってくることができないため、比較的安全だ。しかし遠くから見ると木の幹の太さなどは細かく判断することができない。よって地面にテレポートして移動する方法が一番効率的なのだ。僕はため息をつくと、通ってきた道を睨み、飛んだ。
***
そのまま全速力で飛び続けると、中頃まで戻った頃、林の中でも一際大きな樹木の根元に太陽光を反射してキラリと光る何かが目に入った。ゾンビを警戒しながら近づいてみてみると、それは見覚えのある物だった。
「メリケンサックか」
こんなものを持っている人も、落とす人も、決まっている。さっきは白銀色に輝いていたそれだったが、今は全体に血液が付着し赤黒く濁っている。視線を上げてみると、乱暴に踏みならされた足跡が見える。周りには数人の足跡もあった。
十中八九、火村さんだろう。僕は慎重に足跡をたどりだした。火村さんは体格から言ってもそこまで力のあるタイプではない。家がジムだったというし、そこで培った身軽なフットワークとボクシング技術でなんとか戦っていたはずだ。
しかしメリケンサックをひとつ落としてしまった。それは対ゾンビについては、片腕が使用不可能になったことに等しい。ゾンビに素手で殴りつけるには、一発一発に無視できない感染の危険性があるからだ。
できれば歩くことはあまりしたくない。歩けば必ず音が出る。露出した木の根、足元の草、地面に無数に転がる木の実、しかも向かい風。今の僕にはすべてが敵だ。しかし防ぎようがない。
「どうなるかな」
足跡は未だ続いている。急がなくてはならない。周りに目を光らせながら前進することに少し体が慣れてきた頃、前方に1つのゾンビの死体が見えた。作業服を着ており、首と胴体がほとんど繋がっていない。
おかしい、火村さんにこんな力や武器はないはずだ。警戒を強めていると、ひとつの足跡に気がついた。よく見れば死体から短い歩幅で、すぐ近くの大きな木の裏に続いている。そして耳をすませば確かに聞こえる、その押し殺した息遣い。
「誰か、生きている?」
そう言うと、木の裏から地面の土を虚空に蹴り飛ばしながら、勢いよく一人の男が僕の前へ躍り出た。
「い、生きているぞ! 俺は生きている!」
その男は目を見開き上気した顔でこちらを興奮気味に見ると、あろうことかそう叫んだ。僕は咄嗟に 周りを見渡し確認をしたが、どうやら見える範囲にゾンビはいないようだ。
ひと安心すると僕はその男をよく見た。服装はここに多数いるゾンビたちと同じ、作業服。その無精ひげと土汚れからひどく老けて見えるが、おそらく歳は35~40というところだろう。右手には大きな金属製シャベルを握っている。
「あ、はい、僕も生きています」
「そ、そうか、それはよかった」
男の興奮が徐々に収まっていく。見開いた目が細められた。沈黙が生まれる。お互い気が動転していて、うまく話せないのだ。僕は1度深呼吸をすると、もう一度話しかけた。
「えっと、あなたはあのマンションの大工の方、ですか?」
「お、おう、そうだ。セメント工をやっている」
「そうですか、他の方は?」
「わからん、さっぱりわからん。急に一人バイトの若いのが暴れだしたかと思ったら、いつの間にかこれだ。いったい何なんだこれは!」
「心中お察しします。とりあえず落ち着いてください。噛まれたりはしていませんか?」
「ああ、噛まれてはいない。やはり噛まれると、皆ああなっちまう、のか?」
「はい、その可能性が高いです」
「危ねえ、あんたは?」
「あ、僕も噛まれてはいないです」
「そっちじゃなくてな。名前は?」
「比嘉充といいます、高校2年生」
「そうか、お互い大変みてえだな。俺は宇治林修、セメント工だ。かっこわりいが、今の状況を教えてくれねえか?」
答えたいのは山々だが、今はその時間が惜しい。それならば
「その前にすいません、少し手伝ってほしいことがあるんですが」




