01-2.徳妃と賢妃の争いの火種は消えない
「お姉さま」
万姫は笑う。
「あたし、お姉さまが壊れてしまうまで追い詰めるつもりでしたのよ」
万姫は自供した。
その言葉がなにも意味を持たないと知っているからだ。朱雀宮があやしい動きをしていたとしても、それは反逆でない限り、手出しすることはできない。
守護結界の維持をする為だけの四夫人には罪を問えない。
後宮で飼い殺しにされているだけではなく、それなりの権限があるのだ。
「でも、失敗しちゃいました」
万姫は笑っていた。
「キョンシーではダメでしたね。お姉さまはお強い方ですもの」
万姫は再び手を差し出した。
「仲直りをいたしましょう? お姉さまがあたしの提案を断ったことを許してあげるわ」
万姫の提案は一方的なものだった。朱家と対峙したくなければ、提案を飲まなければならない。しかし、香月にはそれができなかった。
「陛下の前で自白をするなら検討しよう」
香月はその手をとらなかった。
それに対し、万姫はおもしろくないと言いたげな顔をした。なにもかも自分の思い通りに進まなければ気が済まない人だった。
「陳勇を修儀に渡したのは徳妃だろう?」
「知らないわ」
「キョンシーに使ったのならば、知っていたはずだ」
香月の言葉に対し、万姫は納得したように頷いた。
「お姉さまはお優しいのね!」
万姫の言葉は香月の機嫌を逆なでる。
「宦官の名前なんて覚えていないわ」
万姫はお気に入りの女官の名前しか憶えない。それ以外は入れ替わりが激しく、覚えている価値もないと判断していた。
二人の会話を聞かされているだけの双方の女官たちは気まずいのだろう。互いに視線を逸らしていた。
「宦官はねぇ、ただの生きていることが許されているだけの道具よぉ?」
万姫は甘えたような口調で煽る。
「それが死んだからって、泣くなんて、お優しいこと!」
万姫は香月を見下していた。
しかし、敵わない相手であると思い知り、擦り寄ろうと手のひらを返したのだ。
(話にならないな)
朱雀宮に立ち入り捜査をすることもできない。
朱雀宮の裏には朱家の存在がある。朱家が呪術を使うことを万姫に薦めたのだろうか。そのようなことをする家とは考えられなかった。
(まさか、朱家の当主は朱徳妃が呪術を使うことを知らないのでは?)
朱家は潔癖なところがある。
道士になる為ならば手段を選ばない家ではあるものの、呪術を汚らわしいものとして扱い、一度でも呪術に手を染めた者がいれば、その一族ごと追い出す。
その一族が万姫を野放しにしているとは考えにくい。
当主と顔合わせをしたことがあるからこそ、よけいにそう思うのだろう。
「朱徳妃。なぜ、呪術を使うのだ。あれは汚らわしい術だと教えられているはずだろう」
香月は問いかける。
それに対し、万姫は何度も瞬きをした。
「どうしてって、簡単なことよ」
万姫は笑う。
簡単な答えさえも分からないのかと見下しているようだった。
「気功や武術よりも簡単に扱えるもの」
万姫は気功の才能がなかった。
しかし、朱家の本家に生まれた貴重な女児である。後宮入りをさせる候補として育てられてきた。
後宮で生き抜くための防衛手段として呪術を取得したのだろう。
(あの当主に限って、そのような真似をしないと思っていたが)
何度も面会をしたことがある。
朱家の当主は厳しい人だった。守護結界を維持することを最優先としており、その為には朱雀宮を常に人で満たしていなければならないと考えていた。
「朱家の当主は呪術を嫌っていたと思っていたのだが。私の勘違いだったようだな」
香月の言葉に対し、万姫はため息を零した。
それから勘違いをするなと言いたげな顔をした。
(見当外れの言葉だったか)
それを見て察する。
朱家の当主は万姫を後宮に送る候補としてでしか見ていなかった。末の娘としてかわいがったこともないのだろう。
「お父様もお母様も知らないわ」
万姫は香月の腕を掴んだ。
「あたしが見つけたのよ。朱家の隠し部屋からね」
「……独学で身に付けたとでも?」
「ええ、そうよ。すごいでしょ。キョンシーなんて初めて作ったのよ」
万姫は認めてほしかった。
初めて作り上げたキョンシーを討伐した香月ならば、キョンシーがいかに狂暴で恐ろしい怪物か、理解しているはずだ。
「それは恐ろしいな」
香月は腕を振り払った。
親しくするつもりはなかった。
「朱家のご当主が知れば、どう思うだろうな」
香月は万姫を唆す。
「知りたくないか?」
香月の問いかけに対し、万姫は目を輝かした。
報告をするという考えがなかったのだろう。
「褒められるかしら」
「どうだろうか。ご当主の考えは私にはわからない」
「そうよね。他人にはわからないわ。だって、あたしのお父様だもの」
万姫は敵対していることを忘れたかのように頬を赤らめて、褒められることだけを想像して笑った。だらしのない笑みだった。
それを見て香月は目を細めて笑顔を作って見せた。
「さっそく、手紙を送らなきゃ」
万姫は満足をしたようだ。
目的が変わったのだろう。
すぐに方向を変えて歩き出した。それに朱雀宮の侍女たちも続いて動いていく。
(気が済んだのか)
香月はため息を零した。
話をしているだけでも憂鬱だった。万姫とは性格が合わない。
「雲婷」
「はい。賢妃様」
「よく堪えたな」
香月は感心していた。
万姫の無神経な言葉に対し、香月ですらも手を出しそうになったのだ。それを雲婷は当然のことのように返事をしていた。




