01-1.徳妃と賢妃の争いの火種は消えない
「賢妃様」
雲婷は感情のない目で木犀の木を見つめている香月に声をかける。俊熙が毎夜訪れていることにより、以前に比べれば泣いて自分を責めることは減った。
しかし、雲嵐を失った悲しみは簡単には癒えない。
半身を失ったかのような心の痛みを感じていた。
「玄武宮の外に出ましょう」
「……なぜ?」
「宮に籠っていては気が滅入ります。同行しますので散歩に出かけませんか?」
雲婷の言葉に香月は俯く。
雲婷の言う言葉は正しい。玄武宮に籠っているだけでは気が滅入る。
なにより、我が子を失った雲婷の誘いだ。
「雲婷は強いな」
香月は寂しそうな顔をした。
共に悲しんでくれたのならば、香月はいつまでも泣いていられただろう。それは賢妃としてふさわしくない姿だ。
皇帝の妃の一人である賢妃として、前を向かなければいけない。
いつまでも亡くなった者に縋っていてはいけない。
それはわかっていた。
しかし、簡単に割り切れるものではなかった。
「玄香月お嬢様をお支えすることが王雲婷の誇りでございます」
雲婷は後宮に入ってから初めて香月の名を口にした。
「我が息子、王雲嵐も同様でしょう」
雲婷は笑った。
なにも気にすることがないのだと言うかのようだった。
「息子を誇りに思います。なによりも大切な我が主を守ってくださったのですから」
「……そうか」
「はい。ですから、泣かないでくださいませ。貴女様がいつまでも泣いてしまうと雲嵐のした行為の意味がなくなってしまいます。どうか、王一族の誇りの為にも、いつも通り、笑ってくださいませ」
雲婷は香月を慰めることはしない。
身分を弁えている。後宮妃と女官では立場が違う。それでも、乳母として、玄香月を慕う者として言葉を口にした。
(雲嵐)
香月は視線を雲婷に向ける。
(お前の母親には敵わないよ)
香月は立ち上がる。
それを見て雲婷は優しく微笑んだ。
「散歩に出かける。案内を頼む」
「かしこまりました。賢妃様」
雲婷は深々と頭を下げた。
雲婷の提案により、玄武宮の外を散歩していた香月と、なにやら探し物をしているようで周囲を見渡していた万姫の目があった。
(よりにもよって)
もっとも会いたくない人物だった。
雲嵐を失った悲しみが癒えていない。その元凶となった陳勇をキョンシーとして扱っていたのは、おそらく、徳妃である万姫だ。
明明が持って帰ってきた情報を聞かされたことを思い出した。
「あらぁ。香月お姉さまではありませんかぁ」
万姫は意気揚々と話しかけてくる。
それを無視するわけにはいかなかった。
「……徳妃。ずいぶんと機嫌が良さそうだな」
「ええ、とっても。お姉さまは話し方を変えるのをやめたのねぇ?」
「貴女に敬意を払う必要性がないので」
香月の言葉に対し、万姫は笑った。
(すべてを知っているのだろう)
朱雀宮の情報を探らせたことも万姫はわかっている。気づいていながらも、わざとらしく情報を流したのだ。
その対策が間に合わないと知っていたからだろう。
(汚らわしい)
呪術は道士が扱うものではない。
道士は気功を扱い、仙人への道を目指していく誇り高い存在だ。他人を呪い殺す為の術を好むわけがない。
だからこそ、万姫が汚れて見えた。
「そうなのぉ? とっても、寂しいわぁ」
万姫はわざとらしく泣き真似をした。
それに同情するかのような仕草を見せる朱雀宮の侍女たちは、香月を非難するような視線を向けていた。
「お姉さま、宦官を死なせたのですってねぇ」
万姫は笑った。
その言葉に対し、香月は眉間にしわを寄せた。
(雲嵐のことをなぜ知っている)
知られていないはずだ。
玄武宮の情報が流れている。下女の誰かが朱雀宮と繋がっているのだろう。
(死なせたのは朱徳妃のくせに)
キョンシーを操っていたのは万姫だ。しかし、その証拠はない。
「あたしの持っている宦官でよろければ、分けてあげましょうかぁ?」
「断る。朱雀宮の間者を入れるつもりはない」
「あら、残念。玄武宮の情報を根こそぎいただこうと思っていましたのにぃ」
万姫は楽しそうに本音を口にする。
それから視線を雲婷に向けた。
「息子さんが亡くなった原因に仕えるお気持ちはどうかしらぁ?」
万姫の問いかけに対し、香月は拳を握りしめた。
「こわーい」
万姫はわざとらしく声をあげた。
それに反応を示す者はいない。
「朱徳妃様。元凶は賢妃様がお倒しになりました。息子の仇を討ってくださった方に誠心誠意お仕えするのは当然のことにございます」
雲婷は深々と頭を下げながら答えた。
それに対し、万姫はおもしろくないと言いたげな顔をした。
「つまらない人を女官頭にしているのね」
万姫は香月に手を伸ばす。
それは友好的なものではなかった。
反射的に香月は手を振り払った。
「触らないでいただきたい」
香月は拒絶の言葉を口にする。
(呪術師の臭いがきつい)
以前よりも強くなっている。
鼻が曲がりそうなくらいの酷い腐敗臭だ。
「朱徳妃。貴女がなにをしているのか、私は知っている」
「そうですのぉ。別に隠していませんもの。知られてもかまいませんわぁ」
「貴女のしている行為は死者を侮辱するものだとわかっているのか?」
香月の言葉に対し、万姫は笑った。
おかしくてしかたがないとでもいうかのようだった。
「あたしに利用されたことを誇らしく思うべきではありませんのぉ?」
万姫は反省していない。
それどころか、キョンシーを作れたことを誇らしく思っていた。




