04-4. 呪いの痕跡
だからこそ、翠蘭の死を秘匿するように言われて頷くことしかできなかった。
翠蘭の死の理由を公にはできなかった。
それだけの為に翠蘭は病死として片付けられた。
「あの日、少しだけ姉上と話をしました」
香月は翠蘭のことをあまり知らない。
(謝ったのはなぜなのか)
後宮という場所に香月がふさわしくないと思っていたのか。後宮入りをさせてしまったと気づくと涙を流して謝っていた。
その姿はあまりにも儚いものだった。
「それだけの関係です。姉上がなぜ謝ったのかもわからないのです」
香月は素直に言葉を口にした。
「姉上の話を聞かせてくださりませんか?」
香月は俊熙に問いかけた。
「いいだろう」
俊熙は快く返事をした。
三年間の後宮での日々は翠蘭にとって波乱の日々であった。しかし、同時に幼い頃から憧れていた玄家の人間として扱われる日々でもあった。たとえ、見下されても玄家の人間というだけで翠蘭は前向きに生きることができた。
「香月とは話はしたことがないとも言っていたな」
「そうですか」
「だが、遠くから何度も見ていたそうだ。立派な役目を果たす妹を誇りに思うと毎回のように話していた」
俊熙も翠蘭のことをよく知らない。
「玄家での生活を訪ねても答えてはくれなかった」
俊熙は外の世界での生活を知らない。後宮で生まれ育ち、宮廷で仕事をするようにはなったものの、外の世界とは縁のない場所で生きている。だからこそ、玄家の生活というものに興味があった。
しかし、翠蘭は自身の生い立ちを口にはしなかった。
苦しい生活を口にしたくなかったのかもしれない。
「一度だけ、母君への不満を口にしていたな」
俊熙は懐かしそうに言った。
それに対し、香月は意外そうな顔をした
「姉上が楊林杏のことを? 彼女たちは、仲の良い親子であったと認識しておりましたが……」
翠蘭は母親である楊林杏を庇うことが多々あった。
玄家の敷地から追い出されないように必死になっていた。
その姿は母親思いの娘のようにしか見えなかった。
話は盛り上がった。
夜明けまで話をし続け、互いに知らぬ間に疲れて眠ってしまっていた。
* * *
翌日、宦官の死体が発見された。
それは俊熙に仕えている宦官の一人であり、後宮を出入りしている人物の一人だった。黄藍洙の検視を行っていた宦官だ。
「陛下」
「陛下がいらっしゃるわ」
「見なさいよ。また、賢妃と一緒よ」
宦官の死の噂を聞き、様子を見に来ていた下女たちがひそひそと話をしていた。
「陛下」
検死を行っていた宦官が俊熙に気づき、最敬礼の姿勢をとる。
「報告をしろ」
俊熙の視線は布に包まれている宦官に向けられた。
離れたところで死臭がするほどに腐敗が進んでいた。
「はい。陳 勇は、黄妃の検視にも立ち会っていたはずなのですが、腐敗から見ると死後一週間以上は経過しているものと思われます」
宦官、陳勇は黄藍洙の検視を行っていたはずだ。
それは香月も見ている。
しかし、変わり果てた姿で見つかったのは陳勇で間違いはなかった。
「成り代わりか」
「おそらくは。呪術の痕跡も見つかっております」
「そうか。引き続き、調査を進めろ」
俊熙は指示を出した。
「賢妃。遺体を見ようとするのではない」
「すみません。魔が差しました」
「悪い癖だ。不浄のものに触れるのはよくない」
俊熙に手招きをされ、香月は俊熙の隣に戻る。
呪術の痕跡を見つけ、興味本位で近寄ってしまったのは失敗だった。
「呪術の痕跡がはっきりと残っています。陛下。かなりの手練れによるものかと思われます」
香月の言葉を聞き、俊熙はため息を零した。
身近な宦官さえも信用できなくなってきてしまった。
「成り代わりではなく、同一人物かもしれません」
「腐敗が進んでいるのだぞ?」
「腐敗は呪術を使えば進行させられます」
香月は似たような死に方をした一族の人間を視たことがあった。呪術を扱えばどのような目に遭うのか、それを香月たちに教える為の犠牲者だった。
その時も意図的に腐敗を進める呪術を使っていたはずだ。
死後どれほどの日数が経過しているのか、わからないようにする呪術が存在する。なにより、人を呪えば呪うほどに、自身の寿命や見た目を削ることになる。
「陳氏は時々いなくなりませんでしたか?」
「サボり癖のある宦官だったはずだ」
俊熙は宦官一人一人に気を配ったりはしない。
勇はサボり癖が有名な宦官だった。仕事は早くて有名だったのだが、それ以上にふらりといなくなることが多い。解雇されなかったのは仕事が誰よりもできたからである。
「罰せられたりはしなかったのですか?」
「しなかったな」
俊熙は甘かった。
勇はそういうものだと諦めてしまっていた。与えられた仕事量はこなすのだから、他の時間は好きにさせてしまった。
それほどに信頼をしていたのだ。
宦官は嫌われ者だ。ほとんどが罪を犯して宦官になっている。それゆえに、居場所は主の元にしかない。
だからこそ、裏切るはずがないと思っていた。
「どこにいたとこか、誰と会っていたとか、それさえわかれば……」
香月は考える。
(香の匂いがする)
遺体の腐敗臭に紛れて香木の匂いが混ざっていた。
(どこかで。最近、嗅いだ匂いだ)
独特な香木を使っているのだろうと考えたことがあった。
「……徳妃……?」
香月は幼い口調が目立つ万姫のことを思い出した。
思わず口にしてしまったことに気づき、慌てて、俊熙を見上げる。
「陛下。徳妃の香は独特のものを使っておりませんか?」
香月は嘘であってほしいと思いながら問いかける。




