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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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04-5. 呪いの痕跡

 それに対し、俊熙はしばらく考え込んでいた。


「西から取り寄せているらしいと聞いたことがある」


 俊熙はうろ覚えの記憶を頼りに答えた。


「そういえば、徳妃のお気に入りの中級妃にも同じ香りの者がいたな」


「中級妃ですか。彼女を調べることはできますか?」


「中級妃ならばできるだろう」


 俊熙は香月の直感を疑わなかった。


「やはり、徳妃の調査はできないということですか?」


 香月の問いかけに対し、俊熙は頷いた。


(万が一の事態に備えてあるのか)


 四夫人の一角が欠けるような事態は起きてはならない。その為、後宮内で彼女たちを罰することはできない。


(危険なことを)


 守護結界を維持する為だと香月もわかっている。


 しかし、四夫人は四大世家の実力者ばかりが集められている。調査の手すらも入れられないとなれば、国の乗っ取りを企んでいたとしてもわからない。


「朱雀宮に文を渡す。それが精一杯だ」


 傍にいた宦官に指示を出す。


 その場で用意された紙と筆を使い、宦官の背中を机のように扱い、手紙を書いていく。


「これを朱雀宮に届けろ」


「かしこまりました」


 机のように扱われていた宦官は当然のように返事をした。


 俊熙から手紙を受け取り、深々と頭を下げた後に走り出した。


「宦官をあのように扱っているのですか?」


「緊急事態の時だけだ」


 俊熙は困ったように答えた。


「香月のところの宦官は身内だったな」


 俊熙は視線を逸らした。


(身内に甘いとでも言いたいのだろう)


 それはお互い様だと言いたかった。


(陛下も甘いところがあるが、それは私も同じだ)


 しかし、香月は頷くだけにした。


「宦官を信用するな」


 俊熙は自分自身に言い聞かせるかのように言葉を口にした。


「彼らは等しく罪人だ。罪を犯してなくてもそのような扱いを受ける」


 俊熙の言葉に対し、香月は視線を逸らした。


 視線は布に包まれている勇の遺体に向けられていた。


(宦官の死は下女よりも軽い)


 事故として処理をされてしまうことだろう。


 宦官は罪人だ。たとえ、罪を犯していなくても宦官というだけで罪人を見るような目で見られることになる。そのような立場に立たされてもなお、自らの意思で宦官となる道を選ぶ者もいる。


 そのことを俊熙も知っていた。


「陳氏は罪人ではなかったのですか?」


 香月は問いかけた。


 仕事ができるという理由だけでサボり癖を黙認されていた人物だ。俊熙にとって特別な存在であった可能性が高い。


「そうだ」


 俊熙は視線を勇に向ける。


 その眼は冷たいものだった。


 裏切られたことを信じたくない気持ちと、裏切られた憎しみが混ざり合っていた。


「先帝の怒りを買い、宦官になった」


 俊熙は懐かしむような口調で話を始めるが、視線は冷たいままだった。


「先帝の前で冷宮の皇子を庇った。それが陳勇の罪だ」


 俊熙は自らのことを冷宮の皇子と称した。


 過去は変えられない。


 霊視の才がないと判断され、麒麟の寵愛を受けているのにもかかわらず、母子揃って冷宮送りとなった三年前までの日々は俊熙にとって最近の出来事に過ぎなかった。


「……それは先帝にとっての大罪だったのでしょうね」


「そうだろう。冷宮に関しては生きていればいいという扱いだったからな」


「それでも彼は庇われたのですね」


 香月は俊熙に寄り添った。


(信頼していたはずだ)


 冷宮時代からの付き合いだった。皇帝となってからも傍に置いていたのは、当時の庇われた記憶が鮮明に残っていたからだろう。


 罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。


 男として威厳を奪われても生きなければならない勇に対し、俊熙は罪の意識を抱えていたのかもしれない。


(どれほどに傷ついたことだろう)


 香月は俊熙に寄り添うことしかできない。


 香月が気になったことを口にさえしなければ、俊熙は勇に庇われた過去を思い出さなくてもすんだかもしれない。


 そう思うと、罪悪感で圧し潰されそうだった。


「陛下」


 香月は俊熙を見上げる。


「私は陛下の傍におります」


 香月の言葉を聞き、俊熙は笑みを零した。


「それは先日の返事でいいのか?」


 俊熙の言葉に対し、香月は首を傾げた。


(先日の返事とは?)


 心当たりがなかった。


 いろいろなことが起きすぎて細かいことまで思い出せない。


「なんのことでしょう?」


 香月は問いかける。


「恋い慕うという意味の言葉で間違いはないかと、そういう意味だ」


 それに対し、俊熙は香月の髪に触れながら、答えを返した。


(以前、言われたことか)


 ようやく、意味が分かった。


 黄藍洙の検視を行っていた際に言われた言葉だ。


「そうですね」


 香月は肯定した。


(恋や愛はいまだにわからない)


 それを知らずに生きてきた。


 初恋の相手は雲嵐だろう。しかし、守らなければいけない弱い相手という認識もあり、幼馴染であるからこその距離感を恋と認識していたのかもしれない。


 香月は初恋だったという自覚はない。


 傍にいるのが当然だった。


 傍にいなければいけない相手だった。


 それが雲嵐という存在だった。離れていても彼が幸せになってくれるのならば、それでいいと心の底から思えるような相手だった。


「お慕いをしているのは間違いないでしょう」


 香月は愛の言葉を口にする。


 自信はなかった。


 しかし、その言葉が香月が俊熙に抱いている感情の答えであると判断した。


「そうか。それは嬉しい答えだ」


 俊熙は嬉しそうに笑った。


「しかし、前回も――」


 俊熙の言葉を遮るように宦官たちが騒がしくなった。


 俊熙は声がする方へと視線を向ける。そこにあるべき遺体の姿がなく、欠けられていた布だけが落ちていた。


(消えた?)


 香月はすぐに勇の遺体があった場所に駆け寄る。


 そして、宦官の制止を聞かず、布を持ち上げた。


 そこにはあるべきものがなにもない。黄藍洙の時のように灰が残っているわけではもなく、なにも残っていなかった。


(遺体を回収した?)


 なぜ、そのようなことをしたのか。


(まさか)


 頭を過るのは守護結界が割れた日に考えていたことだった。


(キョンシーを作り出す気か?)


 憶測にすぎない。


 それを口に出すことさえも恐ろしい推測だ。


「逃げられたか」


「陛下。遺体は動きません」


「そうだな。だが、実際に逃げられただろう」


 俊熙は香月を立たせる。


「ここは宦官に任せよう。調べなければいけない場所がある」


「中級妃のところですか?」


「いや、朱雀宮だ」


 俊熙はめんどうそうな顔をした。


「調べ物はできないが、立ち入ることならばできるだろう?」


 俊熙の提案に対し、香月は頷いた。


(話をしながら情報を掴めるかもしれない)


 万姫の性格を考えれば、情報を口にする可能性が高い。


「かしこまりました」


 香月は返事をした。


「陛下の付き添いをいたします」


 香月が付き添うことで万姫はどのような態度を示すか、わからない。お茶会の席での態度が性格によるものならば、香月の訪問を歓迎するだろう。


 呪術師であることを簡単に認める可能性も高い。


(お茶会の席が本性とは限らない)


 猫を被っている気がしてしかたがなかった。


 本性はもっと恐ろしく無邪気な気がしてしかたがない。

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