03-2.四夫人の茶会
「被害者といっても、充媛のことでしょ?」
万姫はそれがなにがいけないのかと言いたげな顔をしていた。
「どうせ、すぐに補充されるわ。陛下は物好きですからぁ」
「陛下のことを悪く言うのは止めなさい」
「はいはい、一度しかお渡りのない淑妃様はお堅いことですねぇ」
万姫はへらりと笑った。
万姫に悪意はない。ただ思っていることを口にしているだけだ。
(この人に悪意はない)
香月は万姫から漂う腐敗臭に耐えながら話を聞いていた。
(呪術を嗜むのも悪意からではないだろう)
誰かを呪い殺すためのものではない。
自分の身を守るための手段の一つとして嗜んできたのだろう。問題なのはそれを周囲に広めて歩いていることだ。
(呪術師は朱徳妃だ)
確信を得たが、証拠がない。
腐敗臭から呪術を嗜んでいるということがわかるのは、道士だけだ。それだけでは朱雀宮を調査することはできない。四夫人の領域は守護結界を維持する目的で守られている。
「お渡りのないのは徳妃も同じでしょう!」
雪梅は怒った。
淑妃として選ばれたからには相当の自信があった。御子を成すのは自分だという自信を持てる見た目をしている。胸を強調するような服を着ているのは自信があるからだろう。
しかし、俊熙は一度しか訪ねなかった。
それも香月に関わる話をしただけであり、雪梅の自慢の肌には手を触れなかった。それは屈辱であった。
香月にしか興味がないのだと俊熙は公言していた。
雪梅は香月のことを知っていた。
定期的に開かれる四神を守護にする四大世家の茶会の場で見たことがあった。三年前の姿ではあったものの、玄家を代表するのにはふさわしい見た目と実力があった。
だからこそ、嫉妬はしなかった。
自分では相手にもならないとわかっていたからだ。
「許せないのは翠蘭妃です。あの子、なにもできなかったでしょう」
雪梅は翠蘭に対して忌々しく思っていた。
「香月の代わりとはいえ、よくも堂々としていたものですわ」
「翠蘭姉上の評判は良くありませんね」
「それはそうでしょうね。作法もなにもできない子が賢妃なんてありえない話ですもの」
雪梅の話を否定できない。
(当然か)
香月は怒る気にもなれなかった。
賢妃として紹介された時、三人は落胆したことだろう。玄家を代表する女性と言えば香月だった。当然、皇帝の妃として香月が選ばれるものだと思っていた。
(父上はなにを考えていた?)
香月は父を疑う。
(姉上が恥をかくのは当たり前の話なのに)
香月の代わりならば紅花がいた。
万姫と同じ年齢であり、気功も舞も習得している。しかし、紅花は後宮には耐えられなかっただろう。
紅花は純粋だ。後宮に耐えられない。
万姫の餌食になっていたのは目に見えた。
「翠蘭姉上はなにも教えられていませんでしたから」
香月の言葉を否定する者はいない。
「やっぱりね。そうだと思ったのよ」
美雨は同意した。
「見たことなかったもの。玄家の血筋とも思えなかったわ」
美雨の発言に対し、香月はなにも言わなかった。
(父上の子であるのは確かだが)
誰もが知っている。
玄家の血筋を持っているのは父ではなく、母の玄玥瑶だ。玥瑶の子でなければ玄家の本家の血筋ではないのは誰もが知っている。
(見た目は楊林杏に似たのだろう)
翠蘭は林杏に似ていた。美人ではあったが、それだけだ。
それだけで後宮は生きていける場所ではない。
「翠蘭妃は玄武の舞が踊れなかったでしょう」
雪梅は非難するように声をあげる。
「そのせいで結界には亀裂が入りましたわ。賢妃として責任をとるべきだと思いますわよ」
雪梅は香月を責める。責任をとれる相手が香月しかいないからだ。
(白淑妃の目には守護結界が見えているようだな)
香月は雪梅が霊視の才があることを見抜く。
賢妃としての責任は重い。
しかし、四夫人の舞は一年ごとに行われている。今年、玄武宮の賢妃の舞が披露されたため、香月が舞うのは四年後になる。
それを知っているはずだ。
「そんな! 香月お姉さまのせいではないですぅ!」
「それなら、貴女が責任をとれますの? 徳妃。貴女の舞も酷いものですわよ。舞の修練を重ねてから言ってくださる?」
雪梅は誰に対しても遠慮はしない。
遠慮をするような教育を受けていない。誰に対しても常に平等であり、皇帝以外には従わない。それが淑妃の在り方であると信じていた。
「でも、でも。お姉さまなら、亀裂の修復もできると思うんですぅ」
万姫は意見をころりと変える。
手のひらを簡単に返すのは万姫のやり方だった。自分にとって都合の良い話の展開にならなければ、他人の意見に乗る。そうすることで後宮を生き残ろうとしているのだろう。幼い考えだった。
(亀裂の修復か)
亀裂が広がるのは防ぐことができた。それは同時刻に結界を張る為とはいえ、四夫人が舞を披露していたからこそできたのだ。
しかし、空いた穴を塞ぐことはできなかった。
「結界を張る際の話を聞いてもいいでしょうか」
香月は賢妃として問いかける。
(全員が宝貝を所有しているとは思えない)
仙人が残した宝貝を所有し、使いこなすことができる人は限られている。その貴重な人物を後宮に渡すのはめったにないことである。
香月は例外だった。
皇帝が香月を指名したのだ。その理由がなければ、後宮に送り込まれていたのは妹の紅花だったはずだ。
「お姉さまの質問なら、あたし、なんでも答えますよぉ」
万姫はにこりと笑いながら愛想を撒く。
強い人物を味方にしようとしているのだろう。本音がわからなかった。
「徳妃は宝貝を使いましたか?」
香月は言いながらも意地悪な質問だと思っていた。万姫が宝貝を使えるのならば、わざわざ危険性の高い呪術に手を染めないだろう。もしかしたら、守護結界を見ることすらもできないかもしれない。




