03-3.四夫人の茶会
「使いませんよぉ。あれは朱家の宝ですものぉ。あたしは触ったこともないですぅ」
「そうでしたか。淑妃と貴妃はどうでしょうか」
香月は淡々と問いかけるだけだ。
その様子に万姫は満足しているようだった。
「宝貝の持ち主に選ばれたのならば、後宮にはいないわ」
美雨は即答した。
明言は避けたものの、宝貝を持っていないと言っているのも同然だ。
「わたくしは淑妃ですもの。当然、宝貝を使って結界を張ったわ。運が良ければ結界の亀裂を抑えられる絶好の機会でしたもの」
雪梅は自慢げに答えた。
「梅花」
所持している宝貝、梅花を呼び出す。
その名の通り梅の花があしらわれた扇は美しく、舞を踊るのに向いているものだった。
「わたくしの宝貝は舞を踊る為のものですもの。淑妃に選ばれる条件の一つですわ」
雪梅は攻撃力のない宝貝を欲した。
それは後宮で暮らす為には必要不可欠なものであった。
「賢妃も宝貝を所有しているのでしょう?」
「はい。私の宝貝は剣ですので、この場で披露するわけにはいきませんが」
「かまわないわ。わたくしは見せつけたかっただけですもの」
雪梅は梅花を机の上に置く。
そうすると披露する為だけの役目を終えたかのように梅花は光の粒となった。
「二人も宝貝を所持しているなんて、今までなかったわ」
美雨は羨ましそうに答えた。
美雨も宝貝を所有する為の試練に挑んだことがある。しかし、その試練を乗り越えることができず、四夫人の一角である貴妃として後宮入りをすることになったのだ。
美雨は後宮妃になりたくなかった。
自由のない生活を送りたくはなかった。
その願いは叶わなかった。だからこそ、宝貝を持ちながらも後宮に入ることになった二人に対して同情をしてしまう。
「四夫人として当然のことですわ」
雪梅は四夫人の一角である淑妃に選ばれたことを誇りに思っているようだ。
白家ではそういう教育を施しているのだろう。女性に生まれた限りは後宮妃に選ばれることが、もっとも幸せなことであると言われ続けてきたのかもしれない。
「香月は玄家の跡取りだったでしょ」
「そうですね」
「四大世家の会合で見たことがあったもの。それなのに後宮入りをさせられるなんて、翠蘭妃を恨んでいることでしょうね」
美雨はため息を零した。
四大世家の会合は定期的に行われる。主に当主の話し合いが行われているのだが、同時に跡継ぎとなる四人の会合も行われるのが通例となっている。その内の一人が玄家の香月だった。
(恨む?)
そう問われたのは初めてだった。
「後宮入りをしたのは父上に命じられたからです」
香月は答えた。
それ以外の理由を口にするわけにはいかない。
「翠蘭姉上の死を悼むことはあっても、恨むことはありません」
香月の言葉に美雨は酷く驚いていた。
(恨んでいると思われていたのか)
意外だった。
身内の死を悼むことはあったとしても、恨みはない。
(それはそうか)
玄家の当主候補から外され、後宮妃に選ばれたのだ。翠蘭が役目を果たせていたのならば、香月は後宮に来ることはなかった。
恨んでいると思われていてもしかたがないことだった。
「……真っすぐすぎて痛々しいわ」
美雨は目を細めた。
「後宮は華々しい場所じゃないのはわかっているくせに。どうして、そこまで純粋でいられるの?」
「純粋ではありません。役目を果たすだけです」
「それが純粋だというのよ」
美雨はため息を零した。
どうあがいても香月のように考えられなかった。
「四夫人なんて立場を与えられただけの結界を維持する為の生贄よ。私たちは籠の中の鳥なのよ」
美雨は貴妃だ。
四夫人の中でもっとも位が高い。
それに満足をするような女性ではなかった。
「自由に生きようとすれば、恨まれるだけの場所に、連れて来られたことを恨まなかった日はないわ」
美雨は法術を使える道士だ。しかし、宝貝を手にすることは叶わなかった。それだけで青家の当主候補の座を外され、守護結界を維持する為だけの貴妃に選ばれた。
それは屈辱だった。
今までの努力は泡になったようなものだ。なにもかも取り上げられてしまい、籠の中の鳥のように自由さえも奪われた。
「愛しても報われはしない。後宮の籠の中に押し込められて、恨みたくなる気持ちもわかってしまうのよ」
美雨は皇帝を慕っている。しかし、その愛が報われないと知っている。
美雨は藍洙の気持ちがわかってしまった。呪術に手を染めたことは解せないものの、愛する人に振り向いてほしい気持ちだけは同じだと思っていた。
だからこそ、藍洙が怨霊となった時に怯えていた。
いつの日か、恋心を捨てきれず、未練を残した自分自身の成れの果てのような気がしてしかたがなかった。
「黄藍洙のやりかたを肯定するつもりかしら?」
雪梅は情けないと言わんばかりの声をあげた。
「陛下の御心は香月に向けられていますわ。香月ならばいたしかたがないと敗北を認めたのではなくて?」
「認めているわ。でも、それとこれは話が違うのよ!」
「まあ。みっともないこと」
雪梅は美雨が怒ると知っていながら、くすくすと笑った。
(四夫人も仲がいいわけではないな)
互いの足を引っ張り合うのが常の後宮だ。四夫人も例外ではない。
(朱徳妃もなにを考えているのか)
雪梅が美雨を挑発するような言葉を口にしているのにもかかわらず、万姫は止めることも口を挟むこともしない。なにも聞いていないような素振りを続け、自分だけは中立であるかのように演じていた。
「それよりも! 問題は守護結界のことだわ!」
美雨は声を荒げた。
視線を香月に向ける。
「賢妃として責任をとるべきよ!」
美雨は叫ぶ。




