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ポチ太郎のわふわふ大冒険 後編

「ポチ太郎ー……入るよ?」


 今度はゆっくりと、ポチ太郎のいる化学準備室のドアが開けられる。

 なんとなく反射的に、ポチ太郎は顔を伏せて眠っているフリをした。ぼふっとクッションに鼻先を埋める。ただもちろん、人間より鋭い聴覚はしっかり仕事をしている。


 ポチ太郎のお目当ての少女の方が、ホッと息をつくのがわかった。


「よかったー! 寝ているみたいだけどいたよ。これで渡せるね。それにしても眠っていると、普通の犬みたいだよね」

「そうですね、可愛いらしいです。なにはともあれ、お姉さまのお手をわずらわせることがなくてよかったです! こちらのものは、ポチ太郎さんのお傍にそっと置いておけばいいでしょうか?」


 もう一人の少女は寝ている(フリ)のポチ太郎に気を遣ってか、鈴を転がすような可愛らしい声を潜めて話す。

 ふわふわの金髪をいつもふわふわさせているので、ポチ太郎の中での呼び名は『ふわふわさん』だ。


 ふわふわさんに『お姉さま』と慕われている少女は、「そうだね」と頷くと、いそいそとポチ太郎の傍まで足音を殺してやってきた。頭を撫でられる感触で、ポチ太郎は心地よく「わふー」と喉から鳴き声が出かけるが、ここは堪える。


「これ、ポチ太郎にあげるね」


 なにやらモフみ溢れるものが、ポチ太郎の丸まる顔の横にそっと置かれる。

 少女はこれがなにか、ここに来た経緯や理由を、眠る(フリ)のポチ太郎相手に訥々と説明する。


「えーと、女子力あふれる梅太郎さんのマイブームが、今は毛糸で作る編みぐるみらしくて。私と心実も、やり方を教えてもらって色々作ってみたんだ。樹虎は誘ったら『やると思ってんのか』って断られたけど……」

「二木さんは断り方が乱暴なのです! お姉さまにあんな態度を取るだなんて許せません! 制裁を希望します!」

「制裁!? いやいや心実、押さえて押さえて。あれが樹虎の通常モードなんだよ」


 ポチ太郎内での呼び名『ツンツン』君は、いつもツンツンしている。ふわふわさんとはよく言い争っていて、むしろ時折戦争もしていて、でも少女にはわりと甘いこともポチ太郎は知っている。

 彼は『ツンデレ』という属性なのだ。


「で、どこまで話したっけ……そう、それでさ、ちょっとポチ太郎の編みぐるみも作ってみたんだよ! 私が作った出来はアレな感じだったけど、梅太郎さんと心実が手直ししてくれて、けっこう似ていると思うんだ!」


 草下先生にも褒められたんだよ! と、ポチ太郎の頭をわしゃわしゃ撫でる少女は自慢気だ。


 なるほど、ポチ太郎の傍に置かれたものは編みぐるみだったらしい。

 ポチ太郎は編みぐるみなるものは見たことはないが、なんとなく響きでどんなものか想像できた。自分をモデルにしたのなら、さぞ愛らしいことだろう。


「むしろお姉さまの腕前のよさに、褒めるを通り越して製作依頼をお受けしたのです!」

「心実と梅太郎さんの直しがなかったら、私一人では無理だったと思うけどね! 先生が『もっとポチ太郎ぐるみを作ってくれないだろうか……当然、礼はしよう』って。さすが犬バカ。安定のポチ太郎バカだよ、先生」

「毛糸を追加で購入しなくてはいけませんね。ぜひ、私と『二人で』買い物に出掛けましょう、お姉さま!」

「二人をすごく強調するね、心実!」


 ポチ太郎の頭上で、女の子たちはきゃっきゃっと会話に花を咲かせている。不思議と、ポチ太郎はうるさいとは感じなかった。よいBGMである。


「……っと、寝ているのに騒いでごめんね、ポチ太郎。編みぐるみは遊び道具にでも使ってよ。あげるから」


 それじゃあね、と少女が立ち上がり、ふわふわさんもそれに続いて、あっさりと彼女たちは場を後にした。


 気配が完全に消えてから、ポチ太郎は「わふ!」と顔を上げる。

 傍らにある自分を象った編みぐるみは、ピンクの雪だるまのような体に丸っこい手足が生えたものだったが、そのまま小さい自分に思えた。


「わふー」


 はむはむと、親愛を込めて編みぐるみを甘噛みしていたら、今度こそご主人様が帰還する。


「ただいま、ポチ太郎。いい子にしていたか?」

「わっふ!」


 まったくいい子にはしていなかったが、ポチ太郎は口に編みぐるみをくわえたまま、少しくぐもったよい子のお返事をする。


 くるくるさんとのやり取りを終えて帰ってきた故か、ポチ太郎を抱き上げるご主人様はたいそうお疲れのご様子だった。

 眼鏡はズレて、常に身に着けている白衣は心なしかよれよれだ。「理事長には本当に振り回される……こういうのを奴隷、というのだろうか……」と遠い目をする彼を哀れに思い、ポチ太郎はサービスで頬を舐めてあげようかと思ったが、口を開けば編みぐるみが床に落下するため止めておいた。


 そこでようやく、愛犬の本体にしか意識の向いていなかったご主人様が、眼鏡の奥の蒼い瞳で、編みぐるみに視点を当てる。


「ああ、受け取ったんだな、その編みぐるみ。野花たちがポチ太郎にも渡したいと言っていたんだが、無事に届けられたのならよかった。お前も気に入ったみたいだしな」

「わっふわっふ!」


 慣れた手つきでポチ太郎の全身を撫でくり回すご主人様は、疲労の滲む表情を引っ込め、やっと柔らかく微笑んだ。女生徒が見たら悲鳴を挙げそうな甘い表情だ。

 ここは癒しを提供してやろうと、ポチ太郎も大人しくご主人様の手を受け入れる。


 それに、今のポチ太郎はご満悦だ。


 今日はいつもはいかないような場所にまで行ってぺたぺた足跡をつけ、校内をたくさん冒険できた。冒険の最後には、お宝だってゲット出来たのだ。

 今日も一日、とっても充実していた。


「わふ!」



 ポチ太郎のお犬さまライフは、いつだってのんびりマイペースに刺激的である。



これにて終了です!

ありがとうございました!

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