タイトル未定2026/09/27 11:02
エピローグ 休暇の申請書
翌週の月曜、クラリスは休暇の申請書を机に置いた。日付は来月の第三週から三日間。行き先を書く欄はなく、代理決裁者の欄には副領政官の名前が入っている。提出前に帳簿をもう一度確かめようとして、手を止めた。
「宰務長、何か不備がありましたか」
書式係が赤いインクの瓶を持ったまま尋ねた。クラリスは申請書を彼女へ渡した。理由を聞かれるつもりでいたが、書式係は日付と代理決裁者の署名を確認し、受付印を押した。
「三日間ですね。旅に出られるのですか」
「まだ決めていません。家で過ごすかもしれません」
「それなら、雨の日でもゆっくりできますね」
書式係は申請書を綴じ、次に届いた橋の補修図面を自分の席へ運んだ。クラリスは休暇の印が押された控えを受け取り、引き出しにしまう。三日間、どこへも行かなくてもいい。そのために休むことを、初めて自分で決めた。
昼過ぎ、休暇から戻った受付係が土産を配った。南部の温泉町で買った小さな焼き菓子で、薄い紙に一つずつ包まれている。母親と坂を歩き、店先で長いこと菓子を選んだという。留守を預かった若い職員は受付簿を渡し、判断に迷った橋の通行許可について説明した。
「相談した記録も残してあります。次に同じ申請が来たら、ここを見れば分かります」
「助かるよ。母にも、安心して出かけられたと伝えられる」
受付係は帳簿を開き、若い職員が書いた頁を指で押さえた。筆跡は違っても、必要な記録はそろっている。彼は礼を言ってから土産の焼き菓子を一つ多く渡そうとしたが、若い職員は首を振った。代わりに、温泉町で何を食べたのか聞いている。
午後、クラリスは冬期予算の会議を終えた。薪の購入費をめぐってバルドと副領政官の意見が分かれ、予定していた時間を少し超えた。二人は互いの数字を確かめ、明朝までに村ごとの使用量を調べることにした。会議室を出ると、窓の外には細い雨が降り始めていた。
クラリスの休暇も、冬期予算の仕事も、同じ引き出しの中にある。今週中に終える仕事を手帳へ書くと、残りは代理決裁者へ渡すだけだった。三日分の申請書をもう一度眺めたが、行き先の空欄を埋める必要はない。
夕方、門前のパン屋で胡桃パンを買った。焼き上がりを待つあいだ、クラリスは軒下から雨の通りを見た。次の休日は家の窓を開け、晴れたら庭へ椅子を出そう。雨なら買っておいた本を読む。どちらにしても、朝になってから決めればよかった。
受付印ぽんと押されて空白の三日をしまう机の奥へ
行き先を決めずに帰る雨の夕胡桃パン抱く腕のやはらか
晴れならば椅子を庭へと運び出し雨なら栞ひらく朝待つ




