第3話 戻る音
第3話です。
折層迷宮の異常が本格的に動き始めます。
折層迷宮の奥から、低い音が響いていた。
石が動く音ではない。
壁がせり出す音でも、階段が折り畳まれる音でもない。
水が流れるような音だった。
だが、ここに水路などない。
音は奥へ遠ざかり、すぐに戻ってくる。
同じ音が、同じ間隔で、何度も。
巡っている。
レン・アルデアは、自分の指先が微かに震えていることに気づいた。
怖いからではない。
冷たいからでもない。
その音に合わせて、指先の奥が脈打っていた。
「全員、動くな」
ガイウス・ヴェルグの声が、第一分岐に響いた。
炎の線が彼の指先に灯っている。
だが、その炎ですら、壁の前ではわずかに曲がって見えた。
「状況を整理する」
ガイウスは壁の構造ルーンから視線を外さない。
「記録板は信用しすぎるな。だが捨てるな。帰還符も同じだ。正常に反応している以上、最後の手段として保持する」
「つまり、信じるな。でも捨てるな、か」
ミロ・エルウィンが乾いた声で言った。
普段なら軽口に聞こえるはずの声が、今は少し硬い。
「迷宮で一番面倒なやつだな」
「理解しているなら黙って従え」
「了解、班長」
ミロはそれ以上ふざけなかった。
セリア・ノクティスは、観測用の記録ルーンを開いたまま壁を見ている。
青白い光が薄い板の上を走る。
しかし、先ほど目の前で起きた構造ルーンの揺らぎは、そこに残っていなかった。
「観測できていないわけではない」
セリアが静かに言った。
「記録ルーンは反応した。けれど、反応した後の記録が、発生前の状態へ戻されている」
「消えてるんじゃなくて、戻されてる?」
ミロが眉をひそめる。
「俺たちの日記を、迷宮が勝手に白紙に戻してるみたいな話か」
「近い。ただし白紙ではなく、書く前の状態」
「なお悪いな」
セリアは否定しなかった。
レンはその会話を聞きながら、自分の手を握り込んだ。
指先の脈動はまだ残っている。
自分の血が打っているのか。
それとも、迷宮の奥で巡っている音に反応しているのか。
分からなかった。
分からないのに、その音は妙に近い。
水音のようで、水音ではない。
耳で聞いているはずなのに、指先の内側で鳴っているようだった。
「アルデア」
ガイウスに呼ばれ、レンは顔を上げた。
「さっき言った左奥の空洞。今も移動可能か」
レンは左通路へ視線を向ける。
第一分岐の左側。
ミロが草の印を残した通路。
記録板上では閉鎖区画に近い扱いだったが、奥には小さな空洞反応がある。
レンは壁に手をかざした。
水は出さない。
出す必要はない。
石の表面には、薄い湿り気がある。
通路の奥から、わずかに戻ってくる流れもある。
だが、さっきとは違った。
「……行けると思う」
「思う?」
ガイウスの声が少し鋭くなる。
レンは言葉を探した。
「奥に抜けはある。でも、湿り気の戻り方が変だ。奥から戻ってきてるのに、手前からも奥へ行ってる」
ミロが小さく息を吐く。
「また嫌な言い方だな」
「俺にも意味は分からない」
レンは壁に向けた手を下ろせなかった。
「同じ水分が、奥へ行きながら、戻ってきてるみたいに感じる」
セリアが記録ルーンを左通路へ向ける。
「観測上は、微細な通気反応が継続。空洞反応も残っている。ただし、座標は不安定」
「危険度は」
ガイウスが問う。
「ここに留まるよりは低い可能性が高い。少なくとも、背後を壁にして状況確認できる空間はある」
「可能性で十分だ」
ガイウスは即座に判断した。
「左通路へ移動する。隊列は俺が前、ノクティス、アルデア、エルウィン。エルウィンは退路印を確認しながら進め。ノクティスは記録板と記録ルーンの差異を取り続けろ。アルデアは流れの変化を報告しろ」
「流れ、か」
レンは思わず呟いた。
ガイウスが振り返る。
「お前がそう表現した。なら今はそれで扱う」
褒めてはいない。
認めてもいない。
だが、切り捨ててもいない。
ガイウスは、使えるものを使う。
それがレンであっても、分からない感覚であっても。
「了解」
レンは頷いた。
ミロが草の印に触れる。
「俺の印は残ってる。成長具合も……いや、ちょっと待て」
彼の声が止まった。
「どうした」
「短くなってる」
ミロは床に這う芽を持ち上げた。
さっき第一分岐に戻された時には、壁の溝に絡む程度まで伸びていたはずの細い根が、今はその半分ほどしかない。
切られたわけではない。
枯れたわけでもない。
ただ、成長する前の姿へ近づいている。
「俺の草、戻ってる」
ミロの表情から、完全に軽さが消えた。
セリアが記録ルーンへ視線を落とす。
「成長記録も一部消失。現在の状態だけが残っている」
「原因は」
ガイウスが問う。
「不明。ただ、破壊や干渉ではない。状態が発生前へ戻されている現象は、複数確認できる」
レンはミロの草印を見つめた。
芽が種に戻るわけではない。
だが、伸びたはずの距離が、少しずつ短くなっている。
水が引くように。
波が岸から戻るように。
いや、違う。
水なら、流れた先に残るものがある。
濡れた跡、冷えた石、動いた砂。
でも、目の前の草にはそれがない。
伸びた事実だけが、薄くなっている。
「急ぐ」
ガイウスが言った。
「ここに留まれば、こちらの行動記録も戻される可能性がある。移動する」
四人は左通路へ入った。
ガイウスの炎が前方を照らす。
セリアの記録ルーンが通路の構造をなぞる。
ミロは後方に新しい草の印を落としながら進む。
レンはその中央で、耳を澄ませていた。
水音は遠ざからない。
通路を進んでいるはずなのに、音だけが同じ距離にある。
右から聞こえたと思えば、次の瞬間には奥から戻ってくる。
そして、足音。
四人分の足音が前へ進む。
だが、その少し後ろで、同じ足音がもう一度鳴る。
遅れた反響ではない。
反響なら、壁の形に沿って広がるはずだ。
これは違う。
足音が、同じ場所へ帰ってきている。
「アルデア」
ガイウスが前を向いたまま言う。
「何かあるなら言え」
レンは唇を湿らせた。
「足音が戻ってる」
ミロが振り返りそうになる。
「後ろを見るな」
ガイウスが制した。
「隊列を崩すな」
「悪い」
ミロが短く答える。
セリアの記録ルーンが青白く明滅する。
「音響記録に異常。反響として処理されているけれど、波形が一致しすぎている」
「どういう意味だ」
「反響ではない。同じ音が、遅れて再発生している」
通路の奥で、何かが軋んだ。
全員が止まる。
ガイウスが手を上げ、炎の線を前方へ伸ばす。
赤い光が石壁を照らす。
そこには、焦げ跡があった。
ガイウスがさっき右通路の確認でつけた炎の線に似た、細い焦げ跡。
だが、ここは左通路だ。
「俺はここに印をつけていない」
ガイウスの声が低くなる。
ミロが後ろで呟く。
「じゃあ、誰がつけたんだよ」
セリアが記録ルーンを確認する。
「焦げ跡の熱反応は新しい。だが、記録板には存在しない」
レンは焦げ跡を見た。
黒い線が、石の表面に刻まれている。
その端が、ゆっくりと薄くなった。
灰が消える。
黒く焦げた石が、元の灰色へ戻っていく。
燃えたものが冷えたのではない。
焦げが削れたのでもない。
焦げたという事実が、石の中へ吸い込まれていくようだった。
「俺の炎が消されているのではない」
ガイウスは低く言った。
「燃えた状態が維持されていない」
「破壊でも消去でもない。状態の復帰に近い」
セリアが応じる。
戻っている。
道も。
音も。
草も。
記録も。
焦げ跡も。
それぞれ別の現象に見えるのに、全部が同じ場所へ帰ろうとしている。
レンの指先が、また脈打った。
今度は、水音と同じ間隔で。
「先に進む」
ガイウスが判断した。
「ここで観察を続けても、記録が戻されるなら意味が薄い。退避候補の空洞へ移動する」
「記録できないものは、記憶するしかないわね」
セリアが記録ルーンを閉じずに言った。
「ただし、その記憶も安全とは限らない」
「やめろよ、ノクティス」
ミロが苦笑した。
「怖いことを正確に言うの、今だけ禁止にしない?」
「不正確な安心には意味がない」
「分かってたけどさ」
ガイウスが短く言う。
「会話を減らせ。足音を聞け」
四人は再び左通路を進み始めた。
通路は狭くなっていく。
石壁の間隔がわずかに縮まり、天井も低くなる。
それでも、セリアの観測では空洞反応は近づいている。
記録板は不安定だ。
それでも完全に役に立たないわけではない。
問題は、記録と現実のどちらが先に戻るかだった。
「止まれ」
ガイウスが片手を上げた。
全員が足を止める。
通路の先。
暗がりの中に、赤い光が三つ浮かんでいた。
敵性人形の胸部ルーンだった。
ミロが小さく舌打ちする。
「またかよ」
「同型反応三体」
セリアが記録ルーンを向ける。
「……個体識別番号、一致」
「一致?」
ミロの声が少し高くなる。
「それって、さっきの課題区画にいたやつってことか?」
「少なくとも、記録上は同じ個体」
「でも俺たち、あいつら止めたよな」
「倒してはいない。停止させただけ」
セリアは淡々と訂正する。
ミロは顔をしかめた。
「今はそういう正確さ、ちょっと腹立つな」
「なら、より正確に言う」
セリアは敵性人形を見据えた。
「停止状態が維持されていない」
ガイウスの指先に炎が灯った。
「つまり、再制圧が必要ということだ」
「班長、こういう時だけ話が早いの助かるよ」
「下がれ。通路が狭い。前に出るな」
敵性人形が動いた。
石と木で作られた腕が、壁に擦れながら持ち上がる。
胸部の赤いルーンが明滅し、関節が鈍い音を立てた。
前方の一体が、通路の幅いっぱいに迫ってくる。
ガイウスの炎が床を走った。
赤い線が敵性人形の足元を囲み、格子状に立ち上がる。
狭い通路に合わせて、炎は無駄なく敵の進路を塞いだ。
敵性人形の動きが止まる。
「一体拘束」
セリアが告げる。
「右奥、起動周期遅延。左奥は壁に干渉している」
「エルウィン、足元」
「はいよ」
ミロが種を弾く。
芽が床を走り、敵性人形の足首へ絡む。
セリアの氷が、その足元だけを白く固める。
炎、草、氷。
三つの人工元素が、敵性人形の動きを封じた。
通常なら、それで十分なはずだった。
だが。
炎の格子が、揺れた。
燃料が尽きたわけではない。
風に煽られたわけでもない。
赤い線が、描かれる前の床へ戻っていくように薄れていく。
「炎格子、減衰」
セリアの声が鋭くなる。
「違う」
ガイウスが低く言った。
「これは減衰ではない」
炎が消えた後に残るはずの熱もない。
焼けた匂いも薄れていく。
燃えた事実そのものが、通路から抜き取られている。
「制圧が維持できない」
ガイウスの声には、初めてわずかな硬さが混じった。
その一言で、レンは背筋が冷たくなった。
ガイウスにとって、維持できないというのは、ただの失敗ではない。
彼の炎は、暴れない。
燃やす場所と燃やさない場所を分け、戦場を構造化する力だ。
その構造が、保てない。
それは、ガイウスの得意な土俵そのものが崩されているということだった。
セリアの氷も同じだった。
敵性人形の足元を固めていた白い氷が、溶けずに消えた。
水にならない。
砕けもしない。
最初から凍っていなかったように、石床の色だけが戻ってくる。
ミロの蔓も、足首からほどけていく。
切れたのではない。
敵性人形に引きちぎられたのでもない。
蔓は細い芽へ縮み、さらに種の形へ近づいていく。
「おいおいおい」
ミロが声を上げる。
「俺の草まで巻き戻すのは反則だろ」
「下がれ」
ガイウスが命じる。
「拘束が保たない。距離を取る」
「距離って言っても、通路狭いぞ!」
敵性人形の一体が前へ出た。
炎も氷も草も、数秒しか保たない。
しかも相手の停止履歴そのものが戻るなら、削っても意味が薄い。
ガイウスが新しい炎の線を引く。
セリアが足元を凍らせる。
ミロが蔓を伸ばす。
三人は即座に動いている。
判断も遅くない。
連携も崩れていない。
それなのに、結果だけが残らない。
「これ、攻撃してる相手じゃなくて、こっちの結果が消されてるんじゃないか?」
ミロが言った。
セリアは短く頷く。
「私たちの干渉が、状態として残らない」
「最悪だな」
「同意する」
ガイウスは敵性人形の動きを見ながら言った。
「だが、戻るまでには時間差がある」
セリアの目が動く。
「三秒から五秒。現象ごとに揺れがある」
「なら、その間だけ使う」
ガイウスは炎の線を短く切った。
大きな格子ではなく、小さな斜線。
敵性人形を止めるのではなく、腕の軌道だけを逸らすための炎。
炎がすぐに戻されるなら、長く保つ必要はない。
一瞬だけでいい。
赤い線が敵性人形の腕に触れ、軌道をずらした。
木の拳が壁を叩き、石粉が落ちる。
「通るぞ」
ガイウスが言う。
「ノクティス、次の戻りを記録。エルウィン、足元を滑らせるな。アルデア、後方確認」
「了解」
レンは頷いた。
だが、後方を見ようとした瞬間、耳の奥で水音が鳴った。
いや、違う。
水音ではない。
敵性人形の腕が壁を叩いた音。
ミロの蔓が床を擦った音。
セリアの氷が石を覆った音。
ガイウスの炎が空気を焼いた音。
それらが、別々に鳴ったはずなのに、同じ場所へ戻ってくる。
音が、閉じた輪を描いている。
レンは息を呑んだ。
今まで水の流れだと思っていたものが、少しずつ広がっていく。
水ではない。
熱も、音も、光も、動きも。
全部が、戻ろうとしている。
「アルデア!」
ガイウスの声で、レンは我に返った。
敵性人形の一体が、通路の壁にぶつかった反動でこちらへ傾いていた。
レンは水を出そうとした。
だが、指先には水が集まらない。
代わりに、さっきの音の輪だけが、はっきりと残っていた。
敵性人形の腕が振り下ろされる。
その軌道が、途中で歪む。
違う。
振り下ろされるのではない。
戻る場所へ向かっている。
レンは声を出そうとした。
だが、その瞬間、敵性人形の腕はガイウスの炎に逸らされ、壁へ叩きつけられた。
衝撃音が通路に響く。
そして、少し遅れて、同じ衝撃音がもう一度戻ってきた。
レンの指先が強く脈打つ。
「……今の」
ミロがレンを見る。
「顔、真っ青だぞ」
「大丈夫だ」
レンはそう答えた。
大丈夫ではなかった。
水ではないものが、流れている。
それを、感じてしまった。
セリアが敵性人形の動きを観測しながら言う。
「次の空白は四秒。今なら抜けられる」
「全員、前へ」
ガイウスが命じた。
「空洞まで一気に移動する」
四人は狭い通路を駆け抜けた。
背後で、炎の線が消える。
氷が消える。
蔓が種へ戻る。
そして、敵性人形の胸部ルーンが、もう一度赤く灯った。
停止したはずの動きが、また戻っていた。
背後では、敵性人形の胸部ルーンが再び赤く灯っている。
止めた事実が残らない。
なら、同じ相手を何度止めても、結果は薄れていく。
「空洞までの距離は」
ガイウスが前を向いたまま問う。
「記録板上では、あと十二メートル」
セリアが答える。
「ただし、座標の揺れが増えている。実距離とは一致しない可能性がある」
「最悪だな」
ミロが息を切らしながら言った。
「走ってるのに、走った分が戻されるとか言わないよな?」
「その可能性もある」
「言うなよ」
「聞いたのはあなた」
「そうだけどさ」
ミロの声は軽いが、余裕はなかった。
レンは三人の間を走りながら、耳の奥に残る音を聞いていた。
水音。
足音。
石が擦れる音。
炎が空気を焼く音。
それらが、別々に鳴っているはずなのに、どこかで一つの輪になっている。
奥へ行く。
戻ってくる。
また同じ場所へ帰る。
第2話までのレンなら、そこに湿り気を探していた。
壁の水分。
床の冷たさ。
空気の重さ。
だが、今は違う。
レンは水を探した。
けれど、そこに水はなかった。
壁は乾いている。
床にも湿り気はない。
空気も、管理された迷宮の冷たさを保っている。
それでも、流れだけはあった。
足音が前へ進み、同じ場所へ帰ってくる。
ルーンの光が壁をなぞり、描かれる前の線へ戻る。
敵性人形の腕が振り下ろされ、外れたはずの軌道へまた帰る。
水ではない。
だが、流れていた。
その時、通路の壁に青白い筋が浮かび始めた。
最初は構造ルーンの光かと思った。
だが違う。
それはルーンの線をなぞっていない。
石の継ぎ目も、人工的な術式の角も無視して、壁の奥から床へ、床から天井へ、天井からまた壁へ戻っていく。
水脈。
いや、血管。
迷宮そのものに、何かの循環路が浮かび上がっていた。
「ノクティス」
ガイウスが短く呼ぶ。
「見えている」
セリアの記録ルーンに青白い文字列が走る。
異常発生。
座標変動。
構造干渉。
だが、文字列は最後まで記録されなかった。
末尾まで進んだはずの文字が、細い輪を描いて先頭へ戻り、何も書かれていなかった位置へ巻き込まれていく。
「記録が、円環化している」
セリアの声がわずかに硬くなる。
「記録内容ではなく、記録する動作そのものが始点へ戻されている」
「書いても書いても、書く前に戻るってことか?」
ミロが言った。
「近い」
「最悪だな」
ガイウスは足を止めなかった。
「記録できないなら、目で覚えろ。止まるな」
その足元で、青白い円が広がった。
水はない。
それなのに、床に波紋が広がっている。
石の上に、水面だけが重なったように。
青白い円はレンの足元から通路の奥へ走り、壁にぶつかる前に反転した。
波紋は来た道を戻り、またレンの足元へ帰ってくる。
流れているのは水ではない。
場所だ。
音だ。
記録だ。
動きだ。
迷宮の中で起きたものが、すべて同じ流路へ流し込まれている。
レンはそれを、理解ではなく感覚で知った。
「左、開けるぞ」
ガイウスが言った。
通路の先に、小さな空洞が見えた。
壁の一部がえぐれたような空間。
訓練用の退避室というより、構造調整のために残された余白に近い。
広くはない。
だが、四人が背を守って状況を整理するには足りる。
「入る!」
ガイウスが一歩先に踏み込んだ。
その瞬間、空洞の奥で赤い光が灯った。
「敵性反応!」
セリアの声が鋭く響く。
空洞の横壁から、敵性人形が一体、半身を起こした。
本来そこに配置されているはずのない個体だった。
敵性人形が腕を振り上げる。
その姿が、一瞬だけ空中に残った。
次に、振り下ろされる腕の残像が残る。
さらに、戻ろうとする腕の残像が重なる。
三つの残像が、青白い弧でつながった。
一体の人形の一つの動作が、輪になって見えていた。
「ミロ!」
レンは叫んだ。
敵性人形の腕が、最も近いミロへ向かって振り下ろされる。
ミロは反射的に左へ跳ぼうとした。
その瞬間、敵性人形の腕の軌道に、薄い青白い弧が残った。
弧は消えない。
空中に薄く浮かび、端と端を結ぶように閉じていく。
輪。
レンは、それをそう認識した。
敵性人形の腕が振り下ろされる。
ミロが左へ跳ぶ。
腕は外れる。
そう見えた。
だが、その直後。
外れたはずの腕が、青白い輪の上をなぞるように、同じ軌道へ戻る。
左へ跳んだミロの肩に、戻ってきた軌道が重なる。
違う。
今、避けたら当たる。
「今じゃない!」
レンの声が、空洞に響いた。
ミロの足が止まる。
「は!?」
敵性人形の腕が、ミロの目の前を通り過ぎた。
一瞬遅れて、その軌道が戻る。
さっきミロが跳ぼうとした左側を、木製の拳が掠めた。
ミロの顔から血の気が引く。
「次だ、左へ!」
レンが叫ぶ。
ミロは今度こそ左へ跳んだ。
敵性人形の腕は、戻った先の軌道をなぞるように床を叩いた。
石粉が舞う。
だが、ミロには届かない。
青白い弧は、空中でほどけるように薄れていった。
「今の……」
ミロが息を呑む。
「見えてたのか?」
レンは答えようとした。
見えていた。
そう言えば簡単だった。
だが違う。
未来が見えたわけではない。
敵の動きを予測したわけでもない。
セリアのように記録を読んだわけでもない。
ただ、戻る場所が分かった。
「見えてたんじゃない」
レンは息を切らしながら言った。
「戻る場所が、分かった」
セリアが、ほんの一瞬だけレンを見た。
「それは予測じゃない」
その声には、いつもの冷静さがあった。
だが、その奥にわずかな緊張が混じっていた。
ガイウスは敵性人形へ炎を走らせる。
赤い線が腕の軌道を塞ぎ、空洞の壁際へ押し返す。
だが、それも数秒しか保たない。
炎の線は、消える前に青白い輪へ吸い込まれた。
燃え尽きるのではない。
打ち消されるのでもない。
描かれる前の線へ、帰っていく。
「ノクティス、停止時間」
「三秒未満」
「短いな」
「戻りが速くなっている」
ミロが立て直し、種を床へ弾く。
「なら、三秒で逃げるしかないな!」
芽が伸びる。
敵性人形の足に絡む。
だが、すぐに縮み始める。
伸びた蔓は、青白い筋へ巻き取られるように、芽へ戻っていく。
ミロは舌打ちした。
「やっぱり戻るか!」
「完全拘束は狙うな」
ガイウスが言った。
「軌道をずらすだけでいい」
「了解!」
レンはそのやり取りを聞きながら、敵性人形の動きを見ていた。
いや、見ていたのではない。
聞いていた。
感じていた。
腕が振り上がる音。
関節が軋む音。
床を踏む重さ。
戻る前の、わずかな沈黙。
それらが輪を作っている。
振り上がる。
振り下ろす。
外れる。
戻る。
また振り上がる。
同じ動きが、完全に同じではない形で巡っている。
水ではない流れ。
それに触れるたびに、指先の脈動が強くなる。
レンの指先に、青白い細い輪が浮かんだ。
水滴ではない。
魔法陣でもない。
水面に広がる波紋に似た光が、指先から手首へ走り、血の流れをなぞるように戻ってくる。
「右の壁から、腕が来る」
レンが言った。
ガイウスが反応する。
「どの個体だ」
「今止めたやつじゃない。奥の壁の……」
言い終わる前に、空洞の右壁が揺れた。
石の隙間から、別の敵性人形の腕が突き出す。
ガイウスが炎を走らせる。
セリアの氷が足元を止める。
ミロの蔓がレンたちの背後に逃げ道を示す。
一瞬遅れて、敵性人形の腕が空を切った。
「助かった」
ガイウスは短く言った。
褒め言葉ではない。
状況報告に近い。
それでも、レンの胸に何かが落ちた。
自分は今、役に立った。
だが、その実感より先に、強い吐き気が来た。
耳の奥で、音が増えていく。
水音。
足音。
呼吸。
心臓。
ルーンの明滅。
敵性人形の起動音。
全部が、同じ輪の中で巡っている。
誰の呼吸か分からない。
誰の足音か分からない。
自分の鼓動が、自分のものかどうかも曖昧になる。
「アルデア、状況を報告しろ」
ガイウスの声が聞こえた。
「……流れが」
「何だ」
「増えてる」
レンは自分でも意味の分からない言葉を口にした。
「音も、動きも、呼吸も、全部が戻ってる。どれが今の音で、どれが戻ってきた音なのか、分からなくなってきてる」
セリアの表情が変わった。
「認知混線の兆候」
「何?」
ミロが振り返る。
「アルデアが観測対象と同期し始めている可能性がある」
「分かるように言え!」
「迷宮の異常を、外から見ているのではなく、中に取り込み始めている」
ミロの顔色が変わる。
「それ、まずいやつだろ」
「まずい」
セリアは即答した。
ガイウスが短く命じる。
「アルデア、壁から離れろ。水も使うな」
「使ってない」
レンはかすれた声で答えた。
「水は、使ってない」
その言葉に、全員が一瞬だけ沈黙した。
水を使っていない。
だが、レンは敵性人形の戻る場所を読んだ。
右壁から出る腕を察知した。
音の戻りを感じている。
水系人工元素では説明できない。
レン自身も、それを分かり始めていた。
ガイウスが歯を食いしばる。
「なら、なおさら止めろ」
「止め方が、分からない」
その時、敵性人形が再び動いた。
今度はセリアの方へ腕が伸びる。
セリアは記録ルーンに意識を向けていたため、反応がわずかに遅れる。
ガイウスの炎が走る。
だが、炎の線が描かれる前に、レンには分かった。
その炎は間に合わない。
間に合ったとしても、戻される。
敵性人形の腕は、セリアの肩へ向かう。
だが、その軌道は一度左へ逸れ、戻る。
戻った場所が、本当の危険地点。
レンは水を出そうとした。
出ない。
指先には、ただ流れだけがある。
なら。
レンは、その流れに触れた。
触れた、と思った瞬間、世界の音が一つに重なった。
足音も、呼吸も、ルーンの光も、敵性人形の関節音も。
全てが一本の青白い輪になって、レンの内側を通った。
「セリア、下がるな!」
セリアの目がわずかに開く。
「その場で伏せろ!」
セリアは迷わなかった。
その場で身を低くする。
敵性人形の腕が、彼女の頭上を通り過ぎた。
外れた。
だが次の瞬間、腕の軌道が戻る。
戻った先は、セリアが下がっていたなら立っていた位置だった。
木製の拳が空を叩く。
ガイウスの炎が、その遅れた腕を横から弾いた。
ミロの蔓がセリアの足元を引き寄せる。
セリアは転がるようにレンの近くへ退いた。
「……今の判断」
セリアが息を整えながら言った。
「記録板より早かった」
レンは答えなかった。
答えられなかった。
流れが、まだ体の中を通っている。
水ではない。
音。
呼吸。
動き。
記録。
戻るはずのもの。
戻ってはいけないもの。
それらが全部、自分の中を通り抜けていく。
レンは膝をついた。
「レン!」
ミロが駆け寄ろうとする。
「近づくな」
セリアが制した。
「今、触れない方がいい」
「なんでだよ!」
「分からない。でも、彼は迷宮の異常と同期している」
ミロが言葉を失う。
ガイウスは敵性人形を牽制しながら言った。
「ノクティス、判断」
「空洞に入る。アルデアを中心にしない。壁から離し、記録板と帰還符からも距離を置く」
「理由は」
「分からないものに接続している時、余計な参照先を増やすべきではない」
「採用する」
ガイウスは炎を短く走らせた。
「エルウィン、アルデアを支えろ。ただし長く触るな」
「無茶言うなよ!」
「やれ」
ミロは歯を食いしばり、レンの腕を取った。
その瞬間、レンの中にまた音が流れ込んだ。
ミロの呼吸。
速い。
焦っている。
でも、逃げていない。
握られた腕から、心臓の音が伝わる。
それが、レンの鼓動と一瞬だけ重なった。
レンは顔を上げる。
目の前に、ミロがいた。
いつもの軽い笑顔はない。
心配そうに眉を寄せ、レンを見ている。
「立てるか?」
ミロが聞いた。
レンは頷こうとした。
その時、また水音が戻ってきた。
奥へ進み、戻る音。
その音に合わせて、ミロの声が少し遠くなる。
「レン?」
呼ばれている。
誰かに。
よく知っている声のはずだった。
けれど、その名前が、まだ形を結ばなかった。
レンは自分の胸元を掴む。
違う。
今はまだ、忘れるな。
「……立てる」
レンはかろうじて答えた。
ミロは一瞬だけ何かに気づいたような顔をしたが、すぐにレンの腕を肩へ回した。
「なら動くぞ、水袋」
その言葉で、レンはようやく息を吐いた。
水袋。
その呼び方が、かろうじて彼を現実に引き戻した。
ミロに支えられながら、レンは空洞の奥へ入った。
そこは、迷宮の壁を無理に削ったような狭い空間だった。
四人が身を寄せれば、それだけで埋まってしまうほどの広さしかない。
だが、背後を壁に預けられる。
それだけで、開けた通路に立ち尽くすよりはましだった。
「エルウィン、入口に印を残せ。深く伸ばすな。戻される前提で、短く、複数」
ガイウスがすぐに指示を出す。
「了解」
ミロはレンを壁際に座らせると、腰の種子袋から三粒の種を取り出した。
床へ落とすと、短い草が扇状に伸びる。
いつものように長く張り巡らせるのではない。
消えるなら、消える前に見える位置へ。
戻されるなら、戻されるまでの短い時間だけ使う。
それが、今この迷宮でできる現実的な対処だった。
ガイウスは入口側に立ち、炎の線を細く構える。
広い炎格子は使わない。
戻されるなら、大きく展開するだけ無駄になる。
必要な瞬間に、必要な軌道だけをずらす。
その判断に迷いはなかった。
セリアはレンから少し距離を取って膝をつき、観測用の記録ルーンを開いた。
記録ルーンの縁には、まだ青白い光がちらついている。
文字列が浮かびかけては、細い輪を描いて先頭へ戻る。
まるで、記録するという行為そのものが迷宮の循環路に巻き込まれているようだった。
「アルデア。意識はある?」
セリアが問う。
レンは少し遅れて頷いた。
「ある」
「自分の名前は」
「レン・アルデア」
「所属は」
「ヴィンクルム国際元素学院。第一学年」
「出身は」
「ヴァルカ灰炉連邦」
セリアは一つずつ確認していく。
声は冷静だったが、質問の順番は妙に慎重だった。
レンはその慎重さが嫌だった。
まるで、自分が少しずつ欠けていないかを確認されているようだった。
「現在地は」
レンは答えようとした。
折層迷宮。
第三構造迷宮。
地下訓練区画。
そこまでは分かる。
だが、今いる空洞の位置を思い出そうとした瞬間、記憶の中の通路が青白い輪になって閉じた。
第一分岐。
左通路。
安全区画。
階段。
第一分岐。
左通路。
どれが先だったのか、一瞬だけ分からなくなる。
「……折層迷宮の中」
「具体的な区画は」
「左通路の奥。退避候補の空洞」
セリアは小さく頷いた。
「遅延あり。ただし応答は可能」
「俺を観察対象にするな」
レンは弱く言った。
「今は観察対象よ」
セリアは淡々と返した。
「あなた自身のためにも」
その言い方に、レンは言い返せなかった。
ミロが横から口を挟む。
「セリア、もう少し言い方ないのか」
「優しい言い方に変えても、状態は変わらない」
「そういうとこだぞ」
ミロはそう言いながらも、レンのそばにしゃがんだ。
手を伸ばしかけて、途中で止める。
セリアが「触れない方がいい」と言ったことを覚えているのだろう。
その中途半端な手が、レンには妙に痛かった。
「……悪い」
レンが呟く。
ミロは眉をひそめた。
「何が」
「さっき、足を止めさせた。間違ってたら、お前が――」
「間違ってなかっただろ」
ミロはすぐに遮った。
「あれ、避けてたら当たってた。俺には分からなかった。お前が止めた。だから助かった」
レンは答えられなかった。
助けた。
確かに助けたはずだ。
でも、その瞬間に触れたものが、まだ身体の中に残っている。
青白い輪。
戻る音。
床に広がる水のない波紋。
敵性人形の腕が描いた弧。
ミロの呼吸。
セリアの声。
ガイウスの炎。
全部が、ばらばらのまま輪になって、レンの内側を巡っている。
「アルデア」
ガイウスの声が飛ぶ。
レンは顔を上げた。
ガイウスは入口を見張ったまま、こちらを見ていない。
「お前が何をしたのかは分からない。だが、結果として二度、班員を救った」
レンは息を止める。
「しかし、次に同じことをするな」
その言葉は、褒め言葉ではなかった。
「今のお前は、自分が何に触れているのか理解していない。理解できない力を現場で繰り返し使う者は、戦力ではなく危険因子だ」
ミロが顔を上げる。
「班長、それは言い過ぎだろ」
「言い過ぎではない」
ガイウスの声は揺れなかった。
「助かったことと、安全であることは別だ」
空洞の中が少し静かになる。
レンは、ガイウスの言葉を嫌だとは思わなかった。
むしろ、正しいと思ってしまった。
自分は今、何かをした。
でも、何をしたのか分からない。
水を使っていない。
それなのに、戻る場所が分かった。
セリアを伏せさせるべき瞬間が分かった。
ミロの避けるタイミングが分かった。
それは役に立った。
けれど、役に立ったから安全だとは限らない。
「……分かってる」
レンは小さく答えた。
「分かっているなら、今は使うな」
ガイウスが言う。
「できる限り」
レンはそう返すしかなかった。
セリアの記録ルーンが、また青白く揺れた。
文字が浮かぶ。
認知混線。
外部流路同期。
記録干渉。
だが、それらの文字は途中で輪を描き、先頭へ戻って消えた。
セリアはわずかに目を細める。
「記録できない」
「目で覚えろってやつか?」
ミロが言う。
「目で覚えるだけでは足りない。忘れる可能性がある」
「それ、今言うなよ」
「今言う必要がある」
セリアはレンを見た。
「アルデア。さっき、エルウィンの名前が出てこなかった?」
レンの身体が強張った。
ミロがこちらを見る。
「え?」
レンはすぐに否定しようとした。
違う。
出てこなかったわけじゃない。
少し遠かっただけだ。
水音にかき消されただけだ。
疲れていただけだ。
けれど、嘘は言えなかった。
「……一瞬だけ」
ミロの表情が止まる。
レンは視線を落とした。
「でも、すぐ思い出した」
「一瞬でも問題よ」
セリアは言った。
「名前は他者を区別するための基本的な記憶。そこが揺らぐなら、異常は感覚だけに留まっていない」
「つまり?」
ミロの声が少し低くなる。
「自分と他者の境界が、薄くなっている可能性がある」
レンは自分の手を見た。
指先の青白い輪は、もうほとんど見えない。
だが、消えたわけではない気がした。
皮膚の下。
血の流れる場所。
もっと奥。
そこに、薄い輪が残っている。
「俺は……」
レンは言いかけて、言葉を失った。
自分は何を言おうとしたのか。
謝ろうとしたのか。
大丈夫だと言おうとしたのか。
それとも、怖いと言おうとしたのか。
分からない。
「レン」
ミロが呼んだ。
今度は、名前が聞こえた。
はっきりと。
けれど、その声が届くまでに、少しだけ時間がかかった気がした。
「俺の名前、分かるか?」
ミロは無理に笑おうとしていた。
普段なら、冗談にできるはずの声だった。
だが今は、その笑い方が下手だった。
レンはミロを見る。
緑の実技服。
種子袋。
軽口。
水袋という呼び方。
第一分岐で残した草印。
敵性人形の腕を避けた時の顔。
全部、分かる。
分かるのに、名前だけが一瞬だけ輪の向こう側へ沈みかける。
レンは唇を噛んだ。
「ミロ・エルウィン」
その名を口にした瞬間、ミロの肩がわずかに下がった。
「……よし。合ってる」
「当たり前だろ」
レンはそう言った。
言えた。
だが、当たり前のことを言うだけで、ひどく疲れた。
ガイウスが入口から声をかける。
「確認は終わりだ。敵性反応がまた戻る。ここも長くは保たない」
セリアが記録ルーンを閉じる。
「この空洞も循環路に巻き込まれ始めている。壁の青白い筋が増えている」
レンは壁を見た。
確かに、石の奥に青白い筋が増えていた。
血管のような流路が、壁から床へ、床から天井へ伸びている。
水はない。
だが、空洞全体が何かの内側にいるようだった。
迷宮ではない。
巨大な生き物の血管の中にいるような感覚。
「移動するぞ」
ガイウスが言った。
「どこへ?」
ミロが問う。
「入口へ戻る経路は信用できない。だが、迷宮の構造が完全に戻るなら、戻る中心があるはずだ」
セリアが顔を上げる。
「循環の中心を探す、ということ?」
「そうだ」
「危険よ」
「ここに留まる方が危険だ」
ガイウスは炎を構え直した。
「迷宮が流れているなら、流れの外へ出るか、中心を止めるしかない」
レンの指先が反応した。
中心。
その言葉が、青白い輪の奥へ落ちていく。
迷宮のどこかに、すべての流れが戻る場所がある。
音も。
記録も。
道も。
敵性人形の動きも。
レンの中に入り込んだ、名前の輪郭も。
全部が帰っていく場所。
レンは、その方向を知っている気がした。
知ってはいけない気もした。
「アルデア」
ガイウスが言う。
「今は答えなくていい。だが、もし何か分かるなら、報告しろ。ただし、無理に触れるな」
レンは頷いた。
「……分かった」
その返事が、自分の声なのか少しだけ遅れて聞こえた。
空洞の外で、敵性人形の赤いルーンが灯る。
同時に、床に青白い波紋が広がった。
水のない波紋は、空洞の入口を通り、レンの足元へ戻ってくる。
その波紋の中で、ミロがもう一度レンの名を呼んだ。
「レン」
今度はすぐに分かった。
ミロの声だ。
でも、その名前を聞いた瞬間、レンは思ってしまった。
自分の名前も、いつか同じように戻らなくなるのではないか、と。
お読みいただきありがとうございます。
第3話では、折層迷宮で起きている異常と、レンが触れてしまった「水ではない流れ」を描きました。
次話では、レンたちは迷宮の循環の中心へ向かいます。




