9話
「小玉君。ぼーっとしてどうしたの、大丈夫?」
赤根さんと漫画家を目指すことになり、タッグを組んだ日の放課後。信号待ちをしている間に、いつのまにか苦い中学時代を思い返していた。
けれどそんな回想は、隣にいた赤根さんから声をかけられたことで、現実へと戻される。
「もしもーし。聞こえてますかー?」
赤根さんは俺の顔の前に手のひらを出して、ひらひらと動かしていた。
「ああ、うん。……大丈夫だよ」
「何を考えてたの?」
「いや……大したことじゃないから」
あの頃の記憶は今でも俺の心の中に留まり続けている。落選するたびに、あの時のトラウマが思い返された。
もうあんな地獄を見るのは懲り懲りだ。
先生にもっとがんばれと言われたのをきっかけに、俺はめげずに小説の勉強をしてきた。
文章の書き方や、「てにをは」の使い方、プロットの作り方など、さまざまな参考書を読んではそれを実践してきた。それでも結局、何の結果も果たせなかった。
それでも、やれるだけのことはやったのだ。だからこそ、小説家を諦めたことに今さら悔いはない。
それに今は、漫画家を目指すと決めたのだ。今隣に立っているこの、赤根美雨と共に。
「赤信号長いわねー」
「……そうだね」
俺はもう自分の作品を否定される怖さを知ってしまった。
漫画でも、また自分の作った作品を否定されるかもしれない。その怖さはもちろんある。
それでも、俺の書いた話を面白いと言ってくれた赤根さんを裏切りたくはない。赤根さんの想いに応えるためにも、俺は全力を尽くして話を作るのだ。
そう心の中で決意していた時、ようやく信号が青になった。
「さっ、急ぎましょう」
「うん。……ところで赤根さん、今からどこに行くの?」
学校を出てから俺は、街中の通りを赤根さんと並んで歩いていた。
俺の質問に赤根さんはこちらを見て応じる。
「どこって、さっきも言ったじゃん。今後の方針について作戦会議しようって」
「それはわかってるけど、どこで話すの?」
「近くにいい喫茶店があるんだ。そこで話し合いましょ」
赤根さんはそう言ってにこりと微笑んだ。
「あとさ、さん付けはやめない? なんだか距離を感じるのよね。これからは一緒に作品を作る相棒になるんだから、呼び捨てでいいわよ」
相棒……。そう言われるとなんだかいい響きだ。漫画やラノベでよくある、背中を任せ合う唯一無二の頼れるパートナー。そういうの、なんか熱くていい。
「わかった。じゃあ赤根で」
慣れない呼び方だが、たしかにこっちの方が親しみやすい。
「それでよし」
赤根さん……赤根も、にこりと微笑んだ。
そんなこんなでしばらく歩いていると、赤根が唐突に「あっ、ここ」と言って立ち止まった。
目の前には赤レンガ造りの小さなお店。屋根から少し突き出た煙突が可愛らしい印象をあたえており、まるで童話に出てきそうな家さながらだ。
赤根に続いて中へと入り、向かい合いのボックス席に向かう。
腰を下ろすとすぐに定員がやってきたので、俺はメロンソーダで赤根はコーヒーを注文した。
やがて注文の品が届いたところで、俺と赤根は本題に入った。
「ではあらためまして。これからよろしくね、小玉君」
「こちらこそ。よろしく赤根」
赤根は俺に顔を近づけて、先を急かすように話し始める。
「じゃあ早速だけど、今後の方針を決めましょうか」
「そうだね。俺の考えとしては単純だけど、まずは漫画賞に応募するべきだと思うんだ。だからそれに向けて頑張りたいと考えてるんだけど」
俺がそう言うと、赤根は強く頷いた。
「うん、そうね。私もそう思う。それならちょうど今年の八月まで募集しているやつがあるから、そこに応募しよう」
「うん、賛成」
とりあえずひとまずの目標は決定した。赤根は続ける。
「描く作品は新しく小玉君が考えて。できれば来週までにプロットを見せてほしいかな。話のテイストは前に見せてもらった感じでいいから!」
そう言ってグッドサインを向ける赤根。この前の体育中に赤根からせがまれてしぶしぶ見せた作品は、いわゆるバトルものだ。
「小玉君が書いたストーリーって話は面白いんだけど、あんまり小説向きじゃないと思うのよね。どちらかと言うと、少年漫画っぽい」
たしかに、それに関しては俺も薄々感じていた。今まで落選し続けたのもあり、手を替え品を替えで書いた話だ。
昔は青春ストーリーとか群像劇みたいなのを書いていたのに、気づけばダークファンタジーなバトル系の話になっていた。
「つまり逆に言えば、小玉君の書くお話は漫画で描いてこそ輝くと思うのよ!」
「……まあ、たしかにそうかも」
赤根の迫力と情熱の凄まじさが故か、彼女の言葉には強さというか、妙な説得力を感じる。それも手伝い、俺も彼女が言っていることに納得ができた。
「とりあえず四十ページくらいのやつ書いてきてよ。最初は文章でまとめたやつでいいからさ」
「わかった。じゃあ来週までにストーリーを練って書いてくるよ」
「頼んだ! 漫画って作画も大事だけど、何より内容が一番大事だからね」
「すげぇプレッシャーかけてくるじゃん。まあでも、期待に応えられるように頑張るよ」
「期待してるわ。まあ私もその間、作画のクオリティ上げられるように頑張るからさ!」
とりあえず、そういった形で今後の動きは固まった。
「まず私たちの目標は、八月の漫画賞で結果を出すこと」
「そうだね。じゃあまずはさ、最低でも佳作は取れるように頑張ろうよ」
最初は天井を低くという意味で俺は言ったつもりだった。
けれど思いのほか、赤根は血相を変えて声を荒げた。
「ダメ! 狙うは最優秀賞よ! それくらいの気持ちでやらなきゃダメよ!」
我を忘れたかのように、赤根は強くテーブルを叩いた。ドンッと音を立てた強い振動で、テーブルに置いてあった飲み物が軽く溢れてしまう。
まあまあ強めの音だったため、周囲の客から何事かと言わんばかりの視線をこちらに向けられた。……なんだか尋常じゃないくらいに肩身が狭い。
すると、周囲の空気に気づいて我に返ったのか、赤根は顔を赤くしながら小声で俺に謝罪しだした。
「げっ、……ご、ごめんなさい。つい熱くなっちゃった」
反省の色を浮かべながら、赤根は肩を縮こまらせて小さくまとまった。
「……まあでも、私には確信があるのよ。あなたの考えた話と私の作画があれば、きっと最高の漫画を作れるって!」
「そ、そうっすね」
一連の流れを見て、創作に対する赤根の情熱は本物だと感じさせられた。俺も負けてはいないはずだが、彼女に劣らないよう頑張ろうとあらためて胸の内を燃やした。
さて、なんだかんだ軽い騒ぎもあったけれど、ひとまずは今後の方針が決まったわけだ。
作戦会議はこれにて終了。そんなところで、早速今日から創作に励もうと、俺たちは店を出てすぐに解散した。
俺も早いところ帰宅して、最高の物語を考えないと。




