8話
二章 過去
中学生の頃の話だ。夕陽の光が窓越しに煌めく教室内。あの日の出来事は、今でも鮮明に思い出せる。
……まるで呪いのように。
「先生、また俺が書いた小説を読んでくれませんか?」
放課後。教室の掃除が終わり、他の生徒が教室から出ていった後のこと。
俺は当時担任だった国語の先生に、大学ノートを差し出した。開いたページには、自分が手書きで書いた短編小説が書かれている。
「あら、また読ませてくれるの? ありがとう」
先生は嫌な顔一つせず、穏やかな笑顔でノートを受け取ってくれた。
先生は女性で、生徒思いな人だった。
面倒見がよくて、いつも赤ん坊をあやすような暖かな微笑みを向けてくれる先生。
その笑顔と優しい人格からは、まるで母親のような暖かさを感じるほどだ。
「…………」
先生が俺の書いた小説を読んでくれている。今思えば、この頃の自分はかなり痛々しいことをしていたように思う。
当時の俺は考えが弱いというか、自分のしていることを客観的に見れない節があったのだろう。
先生が文句を言わずに読んでくれていたのをいいことに、俺はバカみたいに自作の小説を先生に見せていた。それも心底自信満々に。
忙しいはずの先生にも、悪いことをしてしまったなと思う。
それもあり、バチが当たったのだろう。この後、俺はすぐに地獄を見ることになった。
「とても面白かったわ。特に主人公の性格が好きだった」
かなり短めのやつだったので、先生はものの数分で読み終えた。
「ほ、本当ですか? やった!」
そう言われて、俺は本当に嬉しかったのを覚えている。……けれど、ここから一気に全てが崩れ落ちた。
「俺、やっぱ小説家になる才能ありますかね? 今回のもかなり自信作なんですけど!」
俺が自信ありげにそう告げると、先生は困惑したような顔を浮かべだした。
「え……。小玉君、小説家を目指しているの……?」
「はい! 一応、毎年応募してます。でも、まだ全然結果が出てないんですよね。結構自信あるんだけどなぁ」
なんて、自意識過剰にもほどがあるバカみたいな発言をした。今の俺がその場にいたら、当時の自分をぶん殴ってやりたいくらいだ。
「そ、そうなんだ……。ごめんなさいね。まさか目指してるとまでは思わなかったから……」
先生は、「ふっ」と小さく笑った。その笑いはどこか、馬鹿で自分を客観視できていない哀れな子供を見て、嘲笑するようなものに感じた。
「……どうしたんですか?」
「いや、なんでもないわ」
「俺、小説家になれますかね?」
俺がそう言うと、先生は笑顔を引き攣るような顔をする。その笑顔は、どこか苦しそうに見えた。
「うーん……。これだと厳しいかなぁ。ごめんなさいね。今まで趣味で描いていたのかと思っていたから。本当に小説家を目指してるんだとしたら……なんというか——」
次の瞬間、先生から言われた言葉は、今でも脳裏に焼き付いている。
先生は苦い顔を浮かべながら、言った。
「正直笑っちゃうかなぁ。これじゃあ全然ダメだよ。小学生の作文みたいだもの」
「…………え?」
先生は開いたノートを閉じ、俺に返す。
「本気で目指したいんなら、私に見せてる場合じゃないわよ? もっと勉強して頑張りなさい」
と特に具体的なアドバイスや改善点は伝えずに、先生はそう言い残した。
そして、「最後出る時、ちゃんと鍵閉めて帰るのよー」と先生は俺に伝え、教室を出て行った。
……先生の言ったことは、何にも間違っていない。むしろ、言われて当然だっただろうと思う。
それでも、あんなに優しく見えていた先生にあんな苦い顔を向けられて、自分の作品を否定された。その時のあの絶望感は、俺にとって相当なものだった。もはや、ただのトラウマでしかない。
『正直笑っちゃうかなぁ。これじゃあ全然ダメだよ。小学生の作文みたいだもの』
その言葉は、雨の日にびしょ濡れになった衣服のように、今でも俺にまとわりついている。
……思い出すたびに、いつも直接心臓を鷲掴みにされたような恐怖が押し寄せるのだ。
鞭で叩かれながら、自身の程度の低さと浅はかさを痛みとして刻み込まれるように。




