10話
帰宅後。未来の作ってくれた晩御飯を食べて入浴を済ませ、自室の机で作業を行っていた。作業内容はもちろん、八月の漫画賞に向けてのプロット作りだ。
小説の時と同様、パソコンに文章を打ち込みながらまとめている。なのだけれど……。
「うーん……」
全くと言っていいほど、いいアイディアが浮かばないでいた。
二時間前に机についてからというもの、唸り声を上げ続けてばかり。情けない話、さっきからずっとそんな状態で、思うように話が作れないでいた。
話のジャンルは今日の赤根との話し合いで、ダークファンタジー、いわばバトルものと決めている。けれどなかなかいい案が思い浮かばない。
一度いいアイディアを思いついたかと思いきや、ちょっとしてからやっぱりダメだと思い直しての繰り返しで一向に前へ進まない。
正直、完成する日なんて本当に来るのだろうかと不安すら覚え始めてきたくらいだ。
そんなこんなやっていると、気づけば時刻は夜の十一時を回っていた。
その時、唐突に電話の呼び出し音が鳴り響く。
はて、こんな時間に誰だろう……?
まあたぶん、鏑木君か長塚君だろうと思った。この時間帯になると、「通話しながら『ギルゼノ』やろうぜ!」とよく二人に誘われるものだから。
しかしいざスマホの画面を見てみると、予想していた相手とは全く違っていた。
「えっ、赤根……?」
電話の呼び出し人は赤根からだった。
予期せぬ事態につい狼狽してしまう。いったい何のようだろう。
赤根と通話なんて初めてだから、なんだか少し緊張してきた。直接話す時はそこまで気は張らないんだけど、通話越しってなると不思議と少し気を張っちゃうんだよなぁ。あれ、なんなんだろう……。
まあそんなくだらない話はさておき、俺は咄嗟にスマホを手にとった。
「……もしもし。どうしたの?」
こんな時間に何事かと不安になっていると、電話越しから軽快な声が届けられる。
『あっ、小玉君。やっほー、調子どう?』
「いや、どうと言われましても……」
こんな時間に何のようだという疑問しかねぇよ。
「こんな遅くにどうかしたの……?」
俺が恐る恐る訊ねると、赤根はあっけらかんとした声で答えた。
『現状確認よ。ちゃんとプロット考えてるかなぁってさ。ちなみにいい話はできそう?』
「……うん。いや、話のプロットはまだ悩んでるけど……。えっ、もしかしてそれだけのためにかけてきたの?」
小石につまずいたような困惑を覚えた。すると、電話越しから途切れがないくらいの早口が聞こえ始める。
『えっ、うん。そうだけど? えっ、いやちょっと待って、悩んでるの!? しっかりしてよ! そんなんで大丈夫なの!? なんなら私も今からそっち行って一緒に考え——!』
いやいや、ちょっと待てちょっと待て。勝手に暴走すんな!
「いやいや大丈夫だから! てか今日話し合ったばっかりだよ? そんなすぐにいい話なんて出てこないって!」
教室ではいつも静かに一人で絵を描いるからか、勝手に赤根は物静かでおとなしいやつなんだと思っていた。
けれど実際は全然違った。まだ赤根と関わるようになって日は浅いが、赤根は漫画家になるのを本気で夢見ていて、創作のことになるととてつもない熱意を出すやつなのだと知った。それも、命をかけられると言い張るほどに。
可憐な見た目とは裏腹に、そのギャップが凄まじいなと思う。
『あ、まあそうだよね。ごめんね、急に電話しちゃって。邪魔だった? えっ、だとしたらマジでごめん! お願いだからやっぱ漫画家目指すのやめるとか言わないで!』
「言ってないよ!? てか、別に気にしてないから大丈夫だよ。そんなんで漫画家やめるとか言うほど軽い気持ちでやってないから」
俺がそう言うと、赤根は声を小さくする。電話越しからでも、肩を縮こまらせているのが伝わってくるようだ。
『そ、そうよね。ごめんね? わざわざ電話しちゃって。……じゃあ、引き続き頑張って! 私も作画の練習頑張るから!』
スマホが割れるんじゃないかと思うほどの大きな声で赤根が言う。それでも、なんだか申し訳なさそうにしているのが伝わってきた。
……念の為、軽くフォローでもしておこうか。
「まあ、赤根と話したら力が湧いてきたし、電話かけてきてくれてよかったよ。これをバネにして頑張るね」
『えっ、そう? ふふっ、まあそうよね! 夜に女の子とお話しできて嬉しいでしょ? しかもさ、私ってそこそこ可愛いし、男の子からしたらこれほど幸せな時間ってなかなかな——』
「おやすみー」
俺は通話をぷつりと切った。何やら長々と自惚れ話が始まりそうだったから。
……でも、たしかに赤根は可愛い。そもそも女の子と夜に電話をすること事態初めてだったし。
電話を切る前は何とも思わなかったのに、あらためて考えると胸の鼓動が早まっていく。
「……いやいや、こんな気持ちはだめだ!」
俺は顔を引っ叩き、ぼんやりとした意識を打ち消した。
漫画制作は遊びではないんだ。こんなドギマギした気持ちはいらない!
俺は気を引き締めて机に向かい、プロットの制作を再開した。




