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11話


「なぁ翔太郎。お前最近忙しそうだな」


 赤根と夜に電話した日から一週間後。帰りのホームルームが終わって自席で帰宅の準備をしていると、鏑木君が話しかけてきた。


「なんか最近すぐ帰っちゃうじゃん。放課後ゲーセン行こうって言っても断るしさ」


「そうそう、なんか寂しいっすよねー」


 今度は長塚君もやってきて、二人が俺の肩に顎を置いてきた。……重い。


「いやぁ、ごめんって。ちょっとやることがあってさ」


「やること……? なっ、お前まさか!」


 鏑木君が俺から咄嗟に離れ、大声を上げる。


「女か!? おまっ、この裏切りもんがぁー!」


「いやいや違うって! ……いや違わないけど、とにかく何もないから!」


「違わないという言い方が怪しいですなぁ。女性と何かをやっているということは間違いではないと?」


 今度は長塚君が詰め寄ってくる。いやもう勘弁してくれ……。


「そうだけど、二人が想像しているようなことは何もないよ。じゃあ、悪いけどもう行くね? また明日」


 俺はそう言い、強引にその場から立ち去った。これ以上いたら話が長くなりそうだったから。


「逃げやがって。まあいい、また明日な」


「お疲れっす」


 二人が手を振っていたのを見て、俺も手を振り返した。


 そして教室の扉付近で立ち止まり、端にある自席で帰宅準備を終えた赤根と目を合わせて、アイコンタクトを送り合う。


 よし、今日もやるか。という意思疎通を図るためだ。


 俺が頷くと、赤根も頷き返した。何だかこういうの、相棒って感じがしてとてもいい。


 そうしてそのまま、二人で目立たぬようすっと教室を出た。




 今日の放課後に、完成したプロットを見せると一週間前に約束していたのだ。


 学校を出て、ゆっくり話し合える場所へ行く。のはずだったのだけれど、何故だか向かった場所はカラオケだった。


「……何でカラオケ?」


 街中にあるカラオケ店の建物前に立ち、俺は赤根に問う。なんせ、ここを話し合いの場所に決めたのは彼女だから。


「ふふーん、わかってないなー小玉君は」


 赤根は中へと入って受付を済まし、店員さんに案内された個室へと入っていった。俺もそれに続く。


 部屋の中は小さく、入れても四人くらいのスペースだ。


「いい、小玉君? 創作に必要なのは新鮮な脳とハイな精神状態なの。学校終わりの疲れ切った頭はそれに適した状態とは言えないわ」


 赤根は部屋に入って早々にマイクを持つ。そして、何か適当に曲を入れ始めた。


「つまり! まずは脳みそをリフレッシュさせる必要がある! それにはとにかく歌うのが一番! カラオケは、それに一番適した場所なのよぉぉぉぉ!」


 赤根はそう言いながら、マイク越しに大声でビブラートを効かせた。おまけにその流れで、謎に一曲歌い出す。……いや、なんで急に歌いだすんだこの人。


 選曲は今流行りのアニソンだった。それもかなりロックで激しめなやつ。


 赤根はストレスを発散させるように全力で歌っている。けれど正直に言わせていただこう。ふつうに下手だ。聞いてられないほどではないが、微妙に音がずれている。……なんて哀しい人なのだろうか。


 しかし、それは俺の心の内だけに留めておく。正直に言ったらどれだけブチギレられるかわかったもんじゃない。


 やがて曲が終わり、赤根は凄まじい息切れをしだした。


「はぁ、はぁ……。……まあとにかく、創作者として、たまにはストレス発散も必要ってことよ。……わかってくれたかしら?」


「ああうん、まあ……。でもまさか、実演までしてくれるとは」


「まあ、単純に私がむしゃくしゃしてたから歌いに来ただけなんだけどね」


「でしょうね」


 そういえば今日の授業中に、赤根が居眠りしていたところを先生に怒られていたっけ。たぶんそのせいだろう。完全に赤根が悪いと思うけれど。


 まあ作画の勉強なんかで徹夜続きみたいだし、仕方がないのかもしれないが。


「私は漫画作りに行き詰まったらよくここに来てるんだ。カラオケならストレス発散もできるし、ドリンクやポテトもあるしね。要は話のアイデアを練ったり話し合うにはもってこいの場所ってわけ!」


「なるほど。たしかに学割も使えるからお得だしね」


「そういうこと! ほら、小玉君も先に一曲歌って頭をリフレッシュさせなよ」


「いや、俺は遠慮しとく。そこまで疲れてないから。それより早速始めようよ」


「そう? ならいいけど」


 赤根は俺の隣に座り、体を寄せた。ほんのり香るラベンダーの匂いが鼻腔をくすぐる。女子の匂いって感じだ。すごくいい匂い。


「じゃあ、早速書いてきたプロットを見せてもらおうかな」


「うん。えーっと……。あっ、あった。はい」


 俺は通学鞄から、A4サイズの紙を四枚ホッチキス留めしたものを出して、テーブルの上に置いた。


 紙には図式で大まかなストーリーラインをまとめてある。まるで宇宙戦争の作戦でも書かれているのかと思うほどに、かなりきつきつにまとめている。


 読みやすいように書いたつもりではあるけれど、もしかしたら他の人からすれば少し見づらいかもしれない。けれど、


「へぇー、すごい! ちゃんとしっかり書いてあるじゃない!」


 と赤根は紙を見ながら絶賛してくれた。


 俺は今回のプロットを練る際に、どうやってまとめようかと悩んでいた。


 そこでいろいろ調べたところ、やはり小説と漫画ではプロットのまとめ方に違いがあったのだ。


 もちろん作者によってやり方は様々だが、多くの場合は漫画のプロットを作る際、まずはストーリーラインを図式にして整理するらしい。


 主人公や他キャラクターの名前を書いておいて、ストーリー上の動きや心情の揺れ動きを矢印や文字、簡単な絵なんかでまとめておくらしいのだ。俺の場合、絵はあまり上手くないからかなりラフな感じで描いた。


 すると赤根は、舐めるように紙を見ながら口を開く。


「ちょっと口頭でも説明して。話の内容を聞きながら読むから」


「わかった。まず話の舞台なんだけど——」


 赤根に催促され、俺は考えてきたストーリーを話し出す。


 物語の内容は、各々霊媒師の家系に生まれた男子中学生二人の話だ。


 主人公の風磨と、その幼馴染みである正義。二人は霊媒師の家系に生まれ、幼い頃から共に人知れず悪霊を祓ってきた。


 しかし、やがて中学三年生に進級し、そろそろ進路を決めねばならない時期に突入してしまう。


 二人は悩み出す。他のクラスメイトは自分のやりたいことのために進学をするけれど、自分たちは生まれながらに霊媒師となる道しかなかったからだ。


 二人は卒業後、代々受け継がれてきた家の方針で、霊媒師学校へ行くこととなっている。初めから決められた線路しか歩めないことを不満に思いながらも、悪霊を祓い続けていく二人。


 しかしある日、除霊の依頼を引き受けた二人は、悪霊によって学校に閉じ込められた少年の救出へと向かった。


 悪霊に苦戦しながらも除霊に成功し、なんとか少年を救い出した風磨と正義。二人は助けた少年に感謝の言葉を受けて、霊媒師としての誇りをあらためて実感しだす。


 その後は自分たちの意思で、霊媒師の道を歩んでいくのであった。



 と、ざっくりまとめるとそんな感じの内容だ。


「まあ、こんな感じなんだけど。……どうかな?」


 俺は恐る恐る、隣で紙を見ながら聞いていた赤根の顔を覗き込んだ。


「……あのさ、正直に言っていい?」


「……えっ、うん。……もちろん」


 赤根は紙に目を落としながら、しばし真顔の状態だった。心なしか、声のトーンが重く聞こえる。


 ……もしや、怒っているのだろうか。こんなふざけた薄いストーリーを持ってきやがって、なんて思われているのかも。


 自分の中ではそれなりに自信はあったんだけど、やはり赤根は気に入ってもらえなかったのだろうか。


「……じゃあ、正直に言うね? これさ……」


 赤根がゆっくりと口を開く。俺は怒鳴られる覚悟で身を固めた。……すると、


「すっっごく良い! マジで気に入った! 特に風磨君と正義君の関係性が超絶エモくて良き! キャラデザは絵が下手でわかりずらいけどイメージは大体わかって気に入ったし、背中を任せ合う唯一無二の相棒とかかっこよすぎて最高! 何よりストーリーも単純だけど、二人の行動原理や気持ちのねじれもしっかり出てるし物語的にも矛盾なくてめっちゃくちゃ良いと思うわ!」


「お、おう……」


 ……すごい喋ってくれたなぁ。というか、キャラクターを君付けで呼ぶタイプかこの人。


 すると気づけば、赤根の顔が至近距離にあって不意にドキンとした。なんだか落ち着かない。


 文字通り目と鼻の先で、少し顔を前に出せばキスできそうだ。


 けれど、対する赤根は気にしていないように熱弁していた。


 やがて赤根は忙しなく俺から離れ、紙に目をやりながら途切れることなく話しだす。


「もう一度内容を見直しても、やっぱり良いわ! このプロットでやりましょう! もちろん細かいところの修正や変更については検討しなきゃいけないけどね」


「わかった。どのあたりを直せばいいのかな」


「これは小玉君の書いた作品なんだし、最後は小玉君に決めてほしいんだけど……私的にはこのあたりとかもっと——」


「うんうん」


 それからしばらく、自分たちの作品を良くするために二人で話し合った。


 自分は物語を作る才能がないと言っていた赤根は「主人公が実は宇宙人でぇ……」みたいな、たまに突拍子もない展開やアイデアを出したりしてきた。


 俺も彼女の意見を聞くたびに逐一検討はしたけれど、やはり話が明後日な方向に行きそうなものばかりだったので、気分を害さないよう丁重に却下させていただいた。


 けれど、二人で一つの物語について話し合いながら作っていくのは、思っていたよりも楽しい時間だった。


 小説家を目指していた頃は一人で物語を考えていたけれど、また賞に落とされるんじゃないかという不安が脳裏をよぎって、どこか苦しみながら書いていたように思う。


 中学生時代、担任の先生に自分の作品を否定された時から、俺は物語を作る本来の楽しさを忘れていたのかもしれない。


 けれど今、赤根と話していて思い出せた気がする。物語を作る、本来の愉悦感を。


「……やっぱり、小玉君と組んでよかったわ。私一人じゃ、こんなに面白いお話は書けなかったもの」


 話がある程度固まったところで、赤根が微笑みながらそんなことを言った。


「……何だよ急に。なんかキモいよ」


「女の子にキモいって……」


「いや、ごめん。何だか人間臭くてくすぐったいって意味で言っただけで、決して君のことを悪く言ったわけでは——」


「ぷはっ、わかってるわよ。冗談だって」


 赤根は吹き出して、俺の肩に手を置き乱暴に揺らした。それはもう脳震盪が起こりそうなくらいに。


「ならよかった。……あと」


「ん、何?」


 キモいと言った手前で言いづらかったけれど、流れで自然と口から出てしまった。


「……俺も、赤根と組んでよかった。俺さ、最近は物語を作ったり読んだりするのが怖くなってたんだ。でも赤根とこうやって話してたら、物語を作る楽しさとか、つま先から全身にかけて力がみなぎる感覚を思い出せた。……だからその、ありがとう。俺を誘ってくれて」


 俺がそう言うと、赤根はしばらくポカーンとしていた。こいつはいったい何を言っているんだと言わんばかりに。……そして、


「ぷっー、あははははっー! いや、ちょっ何急にあらたまって。何言い出すかと思ったら、青春ドラマじゃないんだからさー!」


 赤根は今までにないくらい、盛大に笑い出した。あまりにでかい声で笑うものだから、外まで聞こえてしまうんじゃないかと心配になるくらいだ。


「あははははっー! マジでいたすぎだってー!」


 笑われながら赤根にそう言われ、何だか猛烈に自分が恥ずかしくなってきた。


 俺はいったい何を言っているのだと、数秒前の自分をぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。急激に体の全身がむず痒くなり、今すぐ地面で転がり回りたいくらいだ。


「う、うるさいなあ! 赤根もさっき似たようなこと言ってたくせに!」


 胸が熱くなるほどの羞恥心を誤魔化すように、揶揄う赤根に怒りが湧いてきた。今にも頭から湯気が出てきそうだ。


 赤根の笑い声はまだ止まない。……というか、そんな笑うほど面白いかこれ?


「いやいや、私は小玉君みたいにそんな長々と言ってないから。あははははー! なんかこっちまで恥ずくなってきた。マジうけるんですけどー!」


 まるでりんごのように顔を赤くしながら笑う赤根。完全なウザキャラだなこいつ、と俺は赤根という人間性を勝手に心の中で断定した。


「はぁ、はぁ、笑った笑った。じゃあ、漫画作りの話に戻りましょうか」


「そうしていただけるとありがたいです」


「話の内容は決まったし、小玉君は次にネームを描いてきてほしいな。ちゃんとコマ割りまで描いたやつをさ」


「えっ、ネームって俺が描くの!?」


 ネームというのは、漫画の下書きみたいなものだ。そのくらいは知っているが、それを俺に描けというのか。


 そこまでは想定していなかったため、俺は思わず声を上げた。てっきりネームは、赤根が描くのだと思っていたから。


「当然じゃん! ネームまでしっかり描いてこその原作担当でしょうが! 漫画家を舐めるな!」


 うっ、……まあ、たしかにそれもそうか。文章や図式だけ書いてこれが原作ですなんて考えは、たしかに浅はかすぎる。


 これは後から調べて知ったことだが、漫画を原作と作画に分かれて描く場合、原作担当は基本的にネームまで描くのがほとんどらしい。


 とはいえ、俺に漫画のネームなんて描けるのだろうか。ネームを描く経験なんてゼロだし、果たしてうまくできるかどうか。


「でも俺、絵はそんなに上手くないよ? ちゃんと描けるかわからない」


「ノープロブレム! ある程度中身がわかればいいわ。あとは私が作画するから問題なし! まあ、多少コマ割りや絵の構図は私が作画する時に変えたりはするけどね。だいたい二週間後くらいに見せてくれたらありがたいかな。今が五月の下旬で、八月の漫画賞まで時間ないしさ」


「……わ、わかった。とりあえず描いてくるよ。二週間後までに」


 初めてだしいろいろと不安はあるが、ひとまず描いてこよう。演出やストーリーの見せ方は、小説を書く際にも考えながらやっているし、全くの初心者ではない。


 もちろん漫画と小説では話の見せ方が違うのはわかっているけれど、今までの経験を生かして俺なりに試行錯誤しながら描こうと思う。


「じゃあ、二週間後にネームを見せるよ」


「うん、お願い。あっ、それとキャラデザなんだけど、小玉君が描いてくれたキャラデザを元に私が描き直してもいい? やっぱりキャラデザは大事だと思うからさ、そこは私のビジュアル的センスが必要だと思うのよね」


「わかった。じゃあキャラデザは赤根に任せるよ。俺もネーム作業頑張るから」


「うん、よろしくね。あっ、そうそう。あとちなみに何だけどさ、次からの作業場所を決めておかない? 今までは話し合いがあったから喫茶店やカラオケで済んでいたけど、実際に漫画を描くとなると作業をする拠点があった方がいいと思うの」 


「ああ、うん。たしかにそうだね」


「それでさ、ちょっと提案があるんだけど」


「何?」


 すると、赤根は一泊置いて言った。


「次からの作業場所は、私の部屋でやります!」


「…………はい?」


 その瞬間、俺の脳内に再び宇宙が広がった。

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