33話
月日は流れ、五年後。
俺は東京へと家を引っ越し、新たな生活を始めていた。
勤めていた食品会社を辞職し、今は都内にあるマンションに移り住んでいる。
そんな生活を送っている中で俺は今、近所にある喫茶店に訪れていた。
相棒と共に漫画の編集者と会った、いつぞやの喫茶店。店員に案内されてついたボックス席に腰を下ろし、コーヒーを飲みながらスマホでエゴサをしていた。
直近に出版された自作の小説があまり売れ行きが良くないので、読者の評価をネットで見て回る。小説家になったからには、読者の意見や評価を積極的に受け入れるのも必要だ。
五年前に書いて賞に応募した、赤根との学生時代の日々を描いた作品『モノクロメモリー』が佳作をとった。
それをきっかけに俺は小説家としてデビューを果たし、今では長年夢だった小説家として活動をしている。
苦い味が下に伝わるコーヒーを飲み、スマホをいじる。たまに窓の外を眺めては、胸に緊張に近いざわめきを感じていた。
今日はかつての相棒だった彼女と久々に会う約束をしているのだ。
学生の頃に交わした、お互い夢を叶えたらまた合作をしようという約束。とうとうそれが果たされる時がきたのだ。
数年来連絡を取り合っていなかったため、数日前に急に彼女からメールが届いた時は驚いた。
彼女も今、数年前にデビューを果たし、漫画家として活動している。
少し前には自分で作画もストーリーも描いた作品の短期連載が終了されて、世間からもかなり高い評価を受けていた。
短期連載だというのもあり単行本は五巻くらいだが、その売り行きも上昇しているみたいだ。
このまま順調にいけば、彼女が描いた作品で初のアニメ化もあり得るといった状況らしい。なんとも感慨深いことだ。
そうして窓越しに昼間の青い空を眺めていると、ベルの音とともにドアが開かれた。
自然と目がそちらへ向く。そこに現れたのは、綺麗な長い黒髪をした小柄な女性。茶色い小さなバッグを肩にかけ、黒のワンピースを見に纏った大人の女性のオーラを醸し出している。
髪型やぱっと見の雰囲気は違えど、懐かしいその面影に、俺はすぐに確信した。彼女が自身の相棒、赤根美雨なのだと。
赤根は店内を軽く見渡し、やがて俺と目があった。
「……あっ」
目と目があった瞬間に、赤根は顔をぱあっと明るくした。ニヤニヤしながら早足で近づいて来た。
目に映るその表情は、かつての彼女を彷彿とさせる無邪気な子供のような笑顔だった。
「小玉君……だよね?」
赤根は席に近づいて、俺の顔を見て確認した。
「久しぶり、赤根」
近くで彼女の顔を見て、その懐かしさに俺は自然と笑顔になった。
雰囲気も、ちょっとした大人びた自信に満ちた佇まいも、昔の赤根とは少し違う。けれど、その目に宿る彼女の魂は、学生時代一緒に漫画を作った俺の相棒そのものだった。
数年ぶりに赤根の顔を見て感慨深くなり、懐かしい気持ちでいっぱいになった。
「ははっ、本当に久しぶりね!」
赤根は早々に俺の向かいへ腰を下ろす。
「元気にしてた?」
「うん、まあね。赤根も元気そうでよかったよ」
「読んだわよ、『モノクロメモリー』。私たちの合作の日々を題材に描いたお話でしょ?」
「うん、どうだった?」
「すっごい良かった! 小玉君はあの時こんなこと考えてたんだなぁ、って思いながら読んでたら楽しかったわ」
「ははっ、なんかそう言ってくれると嬉しいよ」
昔のように他愛のない会話をしばらく交わした。すると、唐突に赤根が切り出す。
「……ねぇ小玉君。あの時のこと、覚えてる?」
「え、何?」
「私たちが夢を叶えた時、ハイタッチしようって言ったでしょ?」
「……あっ」
そういえばそんなこともあったなぁ。まさかそんなことまで覚えてくれていたとは思いもしなかった。
もう合作は解散して、それぞれ別の形で夢を叶えた形になった。けれど、それでも俺たちは自分たちのゴールにたどり着いたのだ。
「はい、ハイタッチ!」
赤根が片手を突き出し、ハイタッチを促す。
「ははっ、そうだね」
俺も懐かしい思いを胸に片手を出し、赤根とパチンとハイタッチをした。
「私たち、お互いに夢叶えれたね」
「そうだね」
あれほどなりたかった小説家に、今俺はなっている。今の姿を過去の自分に見せたらどう思うだろうか。まさかこんな未来があったなんて。
そんな感慨深い思いをしていると、やがて赤根が優しい笑顔を崩さないまま、あらたまったように話を切り出す。
「……あともう一つ、覚えてる? あの日の約束」
「いつかお互い夢を叶えたら、また合作をしようってやつ?」
「そう。覚えててくれたんだね」
「そりゃあね」
赤根は前のめりになり、長年吐き出したかった言葉を吐き出すかのように言う。
「じゃあさ、……また合作しちゃう? ちょうど今、編集長に今話題の小説家である小玉君との合作企画を持ち込んだら、結構乗り気になってくれてさ。私が作画で、話を小玉君ってことでね」
「まじ? なんか嬉しいな。それじゃあ約束を果たす時がきたね。俺もまた、赤根と一緒に漫画作りたい」
俺がそう言うと赤根は、まるで学生時代と変わらないようなワクワクした笑顔になる。そして、彼女は話を続けた。
「じゃあ、またやっちゃいますか。っていうかちゃんと話の内容は考えてるんでしょうね?」
赤根は煽るような悪戯っぽい笑顔で、こちらを見つめた。俺はその言葉を待っていました言わんばかりに、前のめりになる。
そして、吐き出すように言葉を発した。
「……実は今、ちょうど面白い話を考えてるんだよね」




