34話
エピローグ
《赤根美雨》
私の目に映る世界は、いつもモノクロだった。
お母さんが亡くなって、それからは父と二人で暮らして来た。晩食の時も、二人で机を囲って食べるけれど、父の隣に置かれた空白の席。
そこに今まで当たり前のように座っていた母の存在が思い起こされる。そのたびに、胸に空いた隙間を小さい風がこっそり吹いていった。寂しいとはまた違う、感じたことのないような心許なさを感じた。
今までは当然のようにあったお母さんの存在が、なんの前触れもなく失われたのだ。心の中にどうしようもないくらいの虚無感だけが残る。なんだか、自分の人生の一部が欠けてしまったような、そんな虚しさが募っていった。
……けれど、
「赤根……どうかした?」
私と小玉君が、喫茶店で再開した数週間後のこと。
雪が降り落ちる都内にて。
大勢の人で賑わう広場に設置された、夜の街で真っ白に光り輝く大きなクリスマスツリー。
それを横切り、私と小玉君はクリスマスの夜を歩き回っていた。久々に再開できたのだから、どこか二人で買い物でもしに行こうと、彼にお誘いを受けてのことだった。
小玉君にそんな気があるのかは定かではないが、これは完全にデート以外の何ものでもない。
数年ぶりに会ったばかりだということも手伝い、なんだか体が熱くなってきた。少し緊張してきてしまう。
そんなこんなで、幼い頃の過去をふと思い返していたところ、小玉君が心配して声をかけてくれた。
「……ううん。なんでもない」
無意識に暗い顔をしてしまっていたのだろうか。小玉君にいらぬ心配をかけてしまって申し訳なく思う。
「そう? ……ならいいけど」
高校時代。彼と出会って漫画の合作をする日々があまりにも楽しくって、自然と笑う回数が増えたように思う。
合作をしながら漫画だけでなく、映画や小説など、物語の楽しさや素晴らしさを語り合ったあの頃の日々。
ちょっとからかうとむきになるところや、時に優しい言葉をかけてくれた小玉君。彼と過ごした時間は、気づけば私の新しい幸せになっていたのだ。
時に衝突もしたけれど、彼と過ごした漫画制作の日々は、私にとっての青春だった。
今までモノクロだった私の世界が、彼と関わるようになってからあらゆる景色に色がついていった。
小玉君が、暗く澱んだ世界の片隅から、私を救い出してくれた。モノクロだった私の世界を、変えてくれたのだ。
自分のやりたいことを思いのままに。そんな生き方をしていいのだと、私は彼から教わった。
信号待ちをしていたところ、やがて赤になり歩道を歩く。
「寒いねぇ、そろそろ帰ろっか」
隣を歩きながら、小玉君がそう提案する。けれど、私はそれを無意識に拒んでいた。
「ちょっと待って。……もうちょっとだけ、一緒に歩きたい」
「え? ……ああ、うん。別にいいけど」
小玉君は迷惑がることなくそう言ってくれた。
小玉君……。小玉君は私にとって相棒であり、初めてできた友達だ。
……でも、いつからだろう。その認識に、私の中でいつしかノイズが入っていた。
彼と出会い過ごして来た中で、いつのまにか私は、彼に対する本当の思いに気がついたのだ。
……そうだ、私は彼のことを——。
「ねぇ……小玉君」
人でごった返した街の一角を離れ、気づけば人気のない公園へとやって来ていた。
月明かりと付近に設置された街灯のおかげで、あたりはそれほど暗くはない。
「ん、何……?」
人気のない公園の一角。
神様の気まぐれか、はたまたいきの良さを働かせてくれたのか。月明かりがちょうど、私たちをスポットライトのように照らしてくれていた。
おかげで今は、大好きな相棒……彼と私だけの空間が演出されている。
今まであまり好きではなかった神様にも、今回ばかりは感謝の気持ちを覚えた。
並んで歩いていたところを私が早足で前へ出て、小玉君を立ち止まらせる。振り返ると、ちょうど小玉君と目があった。
「……覚えてる? 高校生の頃、海に行った日にさ、私言ったよね? 今何をしようとしたか、プロになったら教えてあげるって」
恥じらう気持ちを抑え、極力平静を装うように姿勢を正した。しばし沈黙が流れる。
「あぁ、そういえばそんなこともあったね。何かしようとしてたんだっけ?」
すっかり忘れ切っていた様子の小玉君。私に言われる今の今まで、完全に忘れていたようだ。
少しショックだけれど、この際かまうものか。
小玉君に歩み寄り、彼の顔を両手で包み、私の顔に近づけた。
顔を寄せるのと同時に、口のあたりにやわらかな感触が伝わる。
私は、小玉君とキスをした。
「…………」
しばらくそのままにして、やがて自分の顔をゆっくりと離す。
「…………あ、赤根?」
何が起こったのかもわからず、絵に描いたように動揺する小玉君。心なしか、頬も赤らんで見えた。
その様子が実に愉快で、いたずら心でしばし見つめてみる。
そうしていると、なんだか自分も恥ずかしくなってきた。ふつふつと顔に熱がこもっていくのを感じた。
自分から仕掛けておいてなんとも情けない話だ。
私は赤らんだ顔を正し、まっすぐな目で、やっと気づけた自分の思いを告げた。
「……あなたのことが、ずっと好きでした。これからも、いつまでも、私はあなたと一緒にいたいです」




