3話
帰宅の途中。電車に揺られている間、イヤホンを耳にはめて音楽を聴いていた。
世間から無能の烙印を押された、悲劇の会社員を歌ったような曲だった。
かなりマイナーなやつで、これを聴いて感傷に浸っているような奴は確実に病んでいるだろうなと思える。というか、俺もその内の一人なのだけれど。
やがて電車を降りて、駅の改札を抜ける。
どこか暗い感情を抱えながら自宅マンションへと帰ると、中学一年生である妹の未来がちょうど夕飯の支度をしていた。
ただいま、おかえり、といつも通りの機械的な挨拶を交わして、俺は自室へと行く。その勢いでベッドにバタンキュー。
「はぁ……」
内容は多少違えど、俺と似た境遇だったさっきの曲のおかげで、いくらか気持ちが軽くなっていた。
ややもすると母親が帰ってきて、「ご飯できたよー」という未来の呼びかけで夕食となった。
「今日はカレーね」
未来が、白米が盛られた俺と母さんの皿にルーを垂らし、目の前に置いてくれた。「いただきます」と声を揃えて言い、三人並んで食べ始める。
「翔太郎、賞の結果はどうだったの?」
カレーを食べながら、母さんが俺に訊ねてきた。多少はギクリとしたが、もう隠したって仕方のないことだ。正直に打ち明けよう。
「ダメだったよ。相変わらず一次選考にすら通らなかった」
はははー、と沈んだ気持ちを誤魔化し、笑いながら言って見せた。
それに対して母さんは、同情したような顔を浮かべている。
「……そう、残念ね。でもまあ、来年また頑張ればいいのよ」
母さんに続けて、妹の未来も口を開いた。
「そうそう、お兄ちゃん元気だしなって。何度やってダメでも、諦めずに頑張って!」
笑顔で励ましの声をかけてくれる二人。
けれど、その励ましが俺の心を傷みつけた。いや、それでも言わねばなるまい。
「いや、そのことなんだけどさ……」
俺は気持ちを整え、腹を括って二人に告げた。
「実は俺、もう小説家になるの諦めようかなって……思ってて……」
情けないし、言い出しにくいことだった。それでも頑張って言葉を絞り出しながらそう告げる。
すると心なしか、二人の顔が固まったように見えた。
「……え、……そうなの?」
未来は目を見開きながら、わかりやすく動揺していた。母さんに至っては、どこか心配するような顔を浮かべている。
「……どうして? なにかあったの?」
「……いや、何もないけど。……もういいかなって」
母さんはそんな俺に対して、気持ちをうかがうように顔を近づけた。
「そう……。あの、翔太郎? もし家のためを思って諦めるとかなら、心配しなくていいのよ? 大学だって、行きたいなら母さんバイト頑張るし——」
「いや、そういうことじゃないんだ。……俺がもう、疲れちゃっただけだから」
俺の家は小学生の頃に両親が離婚し、それからは今のように、母さんと未来と三人で暮らしてきた。それも相まって家計は貧しく、大学へ行くのだって厳しい状況だ。
欲を言うと、俺は文学系の大学に進みたかった。とはいえ母子家庭の我が家でそんなわがままは言ってられない。これ以上は母さんに迷惑をかけたくないし、高校卒業後は就職をすると自分で決めている。
けれどそんな家計事情は、夢を諦める理由とは関係ない。……本当に、単に俺が疲れただけだ。
叶うはずのない夢を追いかけ続けることが、なんの生産性もないことにようやく気づいたというだけの話……。
「とにかくもういいんだ。今まで応援してくれてありがとう。ごちそうさまでした」
なんともいえない微妙な空気が流れているのを断ち切るように、俺はその場に立ち上がった。
そのまま手を合わし、食べ終わった皿を持って台所へと運んだ。




