2話
その日の放課後。返却期限間近の本を返却しに、図書室へと足を運んだ。手に持つのは、今個人的にハマっているとある推理小説だ。シリーズものであり、今回返却するもので最終巻となる。
巻数も少ないシリーズなので、かなりサクッと読破できた。
個人的な評価としては、期待以上の傑作と言えるだろう。特にラストの犯人を追い詰める際の伏線回収が見事だった。あの点と点が繋がっていく感覚は爽快だ。
こういう良作を読んでいると、やはり俺は物語が好きなのだとあらためて感じさせられる。
けれどそれと同時に、小説家にはなれないという惨めな現実を想起させられるのだ。そのため、今の俺にはほんの少し憂鬱な気分も重なる。
できれば俺も、物語を作る側に回りたかった。けれど、それはもう難しいだろう。俺には物語を描く才能なんてないのだから。
「ご返却ありがとうございました」
図書委員の男子生徒に本を手渡し、事務的な挨拶を返された。
そうして本を無事に返却し終えた足取りで、今度は部活動へと向かう。場所は文芸部だ。
一次選考に落ちて気が滅入っている今は、できればさっさと帰宅したい気分である。けれど、顧問に賞の結果を伝えねばならないため、重い足取りでしぶしぶ向かった。
階段で三階へと上がり、部室の扉を横にスライドさせて中へと入る。
「おー、小玉。お疲れーい」
入った瞬間に目がいったのは、中央に配置された長机の上に腰掛ける、我が文芸部部長の姿。
肩まで下ろされた黒髪と、キリッとした目に眼鏡をかけた女子生徒の先輩。見た目のイメージでいうと、できるキャリアウーマンといった感じだ。手には文庫本を開いている。今しがた読んでいたところだったのだろう。
「お疲れ様です。橋本部長」
俺が挨拶を返す。すると、先方は感心したような面持ちを見せた。
「君は偉いなぁ。他の部員はみんなサボって来ない中、ちゃんとやって来るんだから。さすがは小説家志望。他の部員とは文学に励む姿勢が違うということか」
純粋な感心を抱いたその言葉に、俺は心がグサリとした。罪悪感……というか、期待を裏切るような後ろめたさを感じたからだ。
橋本部長は俺と同じく小説家を目指している。他の部員は何となく小説が好きなだけで、部活にも基本顔を出さない。
そんな中で俺たち二人は唯一、真面目に小説家を目指している部員なのだ。それもあり、ちょっとした同志みたいになっている。
だからこそ橋本部長には、申し訳ないという気持ちがあった。俺は今日、潔く小説家を諦める決心をしたのだから。
今日来たのだって、賞の結果を報告するよう顧問の蔵前と約束していたからだ。
数年間小説を書き続け、一次選考にすら通らなかった無様な自分を曝け出したら、すぐに帰宅するつもりだった。
「いや、それは……その……」
「おっ、二人共もう来てたのか。早いなぁ」
俺が口籠もっていると、背後から野太い声がした。
「うおっ! く、蔵前先生……」
俺はつい、素っ頓狂な声を上げてしまった。……ちょっと恥ずかしい。
「何だよ小玉。人の顔を見てうおって、失礼なやつだなぁ」
我が担任であり、文芸部の顧問でもある蔵前が、眉を顰めて俺を見つめる。ボサボサっとした髪型に濃い顎髭。印象としては、いい意味で大人の渋さを感じる先生、といった感じだ。
「いや、先生が急に現れるからですよ」
失礼に当たらないよう、俺も必死に弁明する。そんな中、俺たちのやりとりを気にせず橋本部長が挨拶をした。
「お疲れ様です。蔵前先生」
「おっす、お疲れさん。相変わらず来るのはお前らだけかぁ」
蔵前が頭をかきながら言った。何だか寂しそうな顔をしていらっしゃる。顧問という立場上、部員がこうも顔を出さないとなると残念極まりないのだろう。
我が文芸部は文化祭になると、自分たちで書いた短編小説を出展するイベントがある。けれど、文化祭はまだまだ先の話だ。
そのため今は基本、部室で各々読書をするだけの活動となる。
それなら、わざわざ部活に来る必要はない。そう思うと他の部員が来ないのも理解できるし、仕方がないといえばそうなのかもしれない。
そんなことを考えていると、蔵前が思い出したかのように俺へ顔を向けた。
「あっ、そうそう。小玉、賞の結果はどうだった?」
今日の本題だ。言うつもりではあったけれど、いざ告げるとなるとどうしても口ごもってしまう。
しかし躊躇いながらも、俺は静かに報告をした。
「……ダメでした」
「あぁ、そうか……。そいつは残念だったなぁ」
蔵前は心底残念そうな顔を浮かべる。この人は今のように、いつも生徒のことで一喜一憂してくれるのだ。
生徒とはいえ、他人の子のことでここまで親身に寄り添ってくれる先生はなかなかいたものではないだろう。
そのため、俺や橋本部長も蔵前にはそれなりの信頼を置いている。
「まあさ、次また頑張ればいいのよ。私もまだまだ小説書き続けるし、お互い諦めずに頑張りましょ!」
橋本部長が俺の背中を叩いて喝を入れてくれた。……けっこう痛い。
「……そうっすね」
二人の気遣いと温かさが身に染みる。
……ただ、橋本部長は毎年の新人賞で毎回一次選考には通過しているのだ。だから、俺とはそもそもの土俵が違いすぎる。
なんてったってこちとら、一次選考にすら通過したことがないんだもの。
そういうクソみたいに歪んだ思いも手伝い、彼女の励ましの言葉を素直に受け止められない自分がいた。
まあこれに関しては、完全に俺の性格が悪いだけなのだけれど。
というかそれ以前に、俺は元々決めていたのだ。今年の新人賞がダメだったら、きっぱり小説家を諦めるのだと。
二人には申し訳ないけれど、俺はもう小説家を目指さないし、目指す気にもなれない。
「気持ちを切り替えて、これからも頑張ります!」
俺は満面の笑みを浮かべて、二人にそんな嘘をついた。
……もういいんだ。これでいいのだ。
もう充分、己の才能のなさを痛感した。もうこれ以上、自分に失望なんてしたくない。いい加減潔く諦めて、楽になりたいんだ。
そんな心のうちを明かさずに、俺は二人に挨拶をしてそのまま帰路についた。
校舎から外へと出た瞬間、運動部の活発な声が自然と耳に届けられる。
空を見上げると、放課後の夕焼けが嫌味のように輝いていた。




