29話
部長たちと話した後、俺は沈んだ気持ちを抱えて帰路についた。
赤根にしても部長にしても、みんな自分の夢を着実に叶えていっている。
それに比べて自分はどうだ? 何も成し遂げれていないじゃないか。なんてみっともないんだ。
今まで自分の才能の無さに打ちのめされ続けてきた。そうして一時は小説家になることを諦めたくせに、今度は漫画家になるのだと急に息巻いて……。
そして最終的には編集者に赤根だけが認められて、俺はまた除け者扱い。
そこで自分の惨めさに嫌気がさして、漫画家になることさえもあっさり諦めた。
なんて滑稽な話なんだろう。自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「…………」
……小説家。
部長は小説家になった。夢を叶えた。当初俺が思い描いていた憧れの姿に、部長は今なっているのだ。
そんな部長はなんだかキラキラしていて、とても眩しかった。
だからというわけでもないんだけど、今の俺の中には、やっぱり小説家になりたいと思っている自分がいた。
……なんか勝手だよな、俺って。
俺は一体何がしたいんだろう。自分には才能がないのだと開き直って、逃げるようにまた新しい目標を見つけて。それさえも投げ出したくせに、また戻って諦めたはずの小説家の夢を目指したいだなんて。
自分の意思、揺れ動きすぎだろ……。
自分に嫌気がさしながら、自宅に向けて歩を進めた。久しく通る通学路は、たった一ヶ月通っていないだけで懐かしく思えてくる。
やがて自宅のマンションへと辿り着いて、エントランスへ向かおうとした。しかしその時——。
「…………は?」
息をするのも忘れて、俺はその場に固まった。
そこにいたのは見慣れた人影だった。
マンション入り口のインターホン前で、その
人は立っていた。邪魔にならないよう端の方で突っ立っている。
小さな背丈をした黒のボブカット。横顔から覗けるやや細められた目。いつもならパッチリと開かれたその目は、今はどこか淋しげな雰囲気を纏っていた。
全身真っ黒なコートを羽織った怪しげな女子。
しかし俺は、彼女の顔を知っていた。その横顔を見て、なんとも懐かしい気持ちになる。
「……赤根」
そこに立っていたのは、以前別れたかつての相棒……赤根美雨だった。
どうしてこんなところに。なんて疑問が浮かぶ前に、俺の脳内に赤根との別れ際がよぎる。
思い出すだけで気まずくなって、気づけばそそくさと来た道を戻っていた。
赤根と会ったとて、今さらどんな顔をして話せばいいんだ。
いや、自分から一方的に突き放しておいて、俺に話す資格なんてないだろう。今さら赤根と合わす顔がない。
焦りを覚え、冷や汗をかいた。赤根に気づかれる前に、俺は逃げるように背を向けて引き返す。
けれどそんな行動も虚しく、後ろから赤根の呼ぶ声が届けられた。
「……っ、小玉君!」
気づかれた! もう立ち止まろうかとも思った。……けれど、どんな顔をして対峙すればいいのかがまるでわからない。
最低だと承知しながらも、意気地のない俺は彼女の方へ振り返ることもできなかった。
俺はそのまま、走って立ち去ろうとした。
「おいっ、逃げるな!」
背後から刺すような怒声。
その激しい怒鳴り声が聞こえた瞬間、心臓を鷲掴みにされたように全身が強張った。
「とうっ!」
そして次の瞬間。今度は本当に、背中に強烈な衝撃が走る。
「いてっ!」
赤根が勢いよく走ってきて、逃げる俺の背中にドロップキックをお見舞いしてきたのだ。
骨が折れたのではと思うほどの強い衝撃が背中に走った。それも合わさり、そのまま俺は顔から地面に蹴り倒された。もはや抵抗する間もない。
「いってー! 何すんだよ、やりすぎだろ!」
痛みと驚きが入り混じって、絶妙な怒りが湧いてきた。おかげで口調も自然と荒くなる。
地面に倒れた状態で、俺は赤根の方に顔を向けた。
赤根が近づいてきて、倒れた俺を立った状態で見下ろしてくる。
太陽の逆光が赤根の頭を照らし、その影で彼女の顔を暗く包んでいた。
真っ黒な影に彩られた赤根の顔。おかげで視認しずらい。けれど、睨みつけるような表情がうっすらと確認できた。
「顔を見て逃げ出すなんて、レディに対して失礼じゃない」
赤根はゆっくりとしゃがみ込む。
そして、俺の顎に手を伸ばし、くいっと持ち上げた。おかげで、ちょうど一直線に目と目が合って結ばれた。
うっすらと浮かべられた彼女の笑みは、どこか怒りを潜ませているように感じた。
今にも心臓目掛けてナイフでも刺してくるんじゃないかと思うほどに、怖い顔をされていらっしゃる。
いやこれマジな話、本当にそう思うくらい怖かった。
「い、いやその、すみません。別に逃げたわけでは——」
「嘘つきなさい、逃げたでしょ」
「はい。すんません逃げました」
あまりの圧になす術がなくなり、俺は正直に謝った。自然と口調も敬語になってしまっている。
「……久しぶりだね、小玉君」
「……そうだね」
赤根は立ち上がり、手を引いて俺を起き上がらせた。二人とも地に足をつき、向かい合う形となる。
赤根は俺の顔を真正面から見つめる。けれど、俺は合わせる顔がなくて、目が泳いでしまう。俺は視線を地に逸らした。
「……少し時間ある? 久々に小玉君とお話しがしたいんだ」
視界の僅かな片隅で、赤根がにこりと微笑むのが見えた。その表情から、怒りや憎しみは感じない。
太陽のような、いつも通りの穏やかな笑みだった。
「……うん」
なんだか断る空気ではなくなって、俺はしぶしぶ頷いた。
赤根から見れば、恥ずかしがり屋な子供のように映ってしまっているのかもしれない。
そう思うと、なんだか情けない気持ちになってきた。




