28話
二日後、俺は久々に学校へとやってきた。
朝教室に入るとクラスメートから特殊な視線を向けられたが、俺は構わず自席へと向かう。
「あっ、翔太郎!」
「小玉氏!」
俺が席に座るやいなや、鏑木君と長塚君が目を輝かせながらやってきた。
「お前やっと風邪治りやがったか!」
「うん、まあね。心配してくれてありがとう」
二人が俺に抱きついてきた。首を絞められて少し苦しかったけれど、それが不思議と不快に感じなかった。
「いいってことよ!」
「まったく、小玉氏がいないせいで『ギルゼノ』の新クエストに骨を折っていましたよ。早速今日からやり始めましょう」
「うん、そうだね」
また、今日からいつもの日常が始まろうとしていた。
それから前のように、昼休みは三人で『ギルゼノ』をやったりだべったりした。久々に気の置けない生活を送れた。
やっぱり友達と遊ぶのは楽しくて、こういう普通の生活も悪くないなと思い始めてきた。
何も死ぬことはないんだ。漫画家も小説家も、キッパリ諦めよう。そのまま就職して普通の人生を歩むのも、そう悪いものではないかもしれない。
*
その日の放課後、久々に文芸部へと足を運んだ。
なぜ今さらやってきたのかというと、単純な話。久々に橋本部長や蔵前に会いたくなったからだ。
まあ蔵前は担任だから、朝のホームルームで会ったばかりだけれど。それでも、久々に文芸部へ顔を出したくなった。
あまりに久しぶりだったので、緊張して部室の前で足が動かないでいた。
「おっ、小玉じゃないか!」
グズグズしていると、背後から聞き慣れた太い声が届けられた。
「あっ、蔵前先生」
顧問の蔵前だ。
「お前部活に顔出すのマジで久々だなぁ。今日はどうした?」
「いや、久々に顔出したいなって思いまして……」
「なんだそうだったのか。こっちとしては大歓迎だ!」
蔵前は相変わらず、気さくな笑顔でそう告げた。
すると、蔵前から唐突に問いを投げかけられる。
「あっ、そうそう。新作は書けたか?」
どきりとした。
あー……そういえばそんな話もあったなぁ。いつかの教室にて、俺が漫画のプロットを書いていた時の話だったか。
俺が書いていたのは漫画のプロットなのだけれど、蔵前は小説を書いているのだと勘違いしていたやつだ。
ちなみにいうと、もちろん完成はしていない。というか、完成させる予定もない。
「いやぁ……まだですね」
目を逸らしながら答える。気まずい、とにかく気まずい。
すると、蔵前は心底残念そうに肩を落とす。
「なんだそうなのか……。まあいい、それはそうとめでたい話があるんだ」
「何ですか?」
蔵前は「まあまあ」と言いながら部室へと促す。
中へ入ると、そこにはパソコンでカタカタとやっている橋本部長の姿が。おそらく小説を書いているのだろう。
相変わらず他の部員はいなくて、部長だけが端の席で作業をしていた。
「おっ、小玉。久しぶりじゃないか!」
「ど、どもっす」
顔が合うやいなや、橋本部長は目を輝かせながら近寄ってきた。
「まったく心配したんだぞ? 今まで真面目に活動してきた君が、全然部活にやって来ないものだから」
「す、すんません。ちょっと色々忙しくて……」
別に嘘はついていない。実際にここ最近は忙しかったし。
「あっ、そうだそうだ聞いてくれよ。私さ——」
部長は気を改めるように、俺に目を合わせてきた。
そして、次に彼女が発した言葉は、俺が予想だにしていないものだった。
「私、とうとう小説新人賞で佳作をもらったんだ!」
「ああそうなんす……、ええっ!?」
それを聞いた俺は、思わず声を上げてしまった。
「まま、まじっすか?」
「まじまじ、大まじだ」と背後から蔵前。
橋本部長は続ける。
「まあ佳作だけどな。でも、応募した賞の特典で、最低でも佳作した作品は書籍化してもらえるんだ」
「す、……すげぇ」
声にもならない衝撃だった。実質もう小説家じゃないか。
そんなことになっているなんて全然知らなかった。というか、身近な人が小説家デビューしていること自体が衝撃だ。
「お、おめでとうございます」
「ははっ、ありがとうな」
「橋本は文学部の大学に進学するから、これからも小説を書き続けるんだろう?」
「はい、そのつもりです」
橋本部長の夢は小説家になることだ。つまり、もう夢は叶えたということ。
後輩として喜ばしい気持ちはある。けれど、遅れて嫉妬のようなものが心のうちに広がってきた。
なんだろう……どうして嫉妬なんてするのだろうか。俺はもう小説家を諦めた身だ。そんな権利はないだろうに。
というか、小説家になる夢はきっぱりピリオドを打ったはずだろう。どうして今さらこんなモヤついた気持ちになるんだよ。もうどうでもいいはずなのに……。
「まっ、小玉も小説家を目指して頑張ろうぜ!」
「私も応援してるわ!」
蔵前と部長が、裏を感じないまっすぐな笑顔と言葉で俺を鼓舞した。
「……はい、そうですね」
今はもう、それしか出てこなかった。
それと同時に、俺は心の中で察した。
俺はやっぱり、まだ小説家になる夢を諦めきれていないのか……。
「…………」
小説家……。また、目指してもいいのかな……。




